鼓動 

風の道・・・つれづれに・・・



第22回 鼓動

 2月27日のテレビ朝日系のドキュメンタリー「鼓動」を観た。これは、太鼓集団・鼓童に密着し、彼らの姿を追いかけた番組だが、その中で印象深いことばに出会った。

 年に一度、彼らの拠点となっている佐渡に世界中の人々が集まり、音楽的交流をする「アース・セレブレイション」を鼓童はおこなっている。昨年、そのゲストとして、ネイティブアメリカン・プエプロ族の一家を招いた。その一家の当主である青年が言ったことばである。

 「私は、誰もが共通する音楽でつながっていると思います。それは、心臓の鼓動です。人は生まれるまでの九ヶ月間、母の胎内で鼓動を聞いて過ごします。…すべての人間は、心臓の鼓動を無意識にたずさえて生きています」

 人は、母の脂内で、四十億年のいのちの歴史を復習する。そして、その復習の過程を絶えず包んでいるのが、「心臓の鼓動」であることを、このことばは改めて思い出させてくれる。

 そういえば、子どもたちは、親の胸に抱かれ、耳を押し当てて心臓の鼓動を聞きながら、安心するのか、すやすやと眠りに入る。長じてからも、そのリズムに身をゆだねると、とても安心した心持ちになることを、子どもの寝顔を見ながら思い出す。

 「心臓の鼓動」は、四十億年の生命のりズムなのである。

 ところで、番組の主役「鼓童」は、佐渡で集団生活を営みながら活動をしている。そこには、集団がもつさまざまな葛藤がある。準メンバーから正規メンバーになることができず、島を去っていく女性の目に伝う熱いもの。個のプレイと集団のプレイとの差異に躓(つまづ)き、苦悩しながら太鼓を叩く青年。

 それら、さまざまな感情の劇(ドラマ)を呑み込み、鼓童が生み出す太鼓の音は、私達の胸をまっすぐに打つ。打楽器というもっとも根源的といえる楽器の音には、さまざまな感情、夢や希望、絶望や苦悩が混じり合っているのだ。シンプルなリズムは実は、複雑で多様なものから生まれるのかもしれない。

 いのちのリズムもそうなのではないか。今ここで、自分の心臓の音に耳をすましてみる。その単純な、しかし力強い鼓動の中に、私という存在にいたる、魚や、鳥や、恐竜をも含む、複雑で多様な生命が、きっと混じり合っているのだ。

 さあ、そのリズムに身を任せてみよう。


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