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カテゴリー:時事
わが日の本は島国よ
朝日かがよう海に
連りそばだつ島々なれば
あらゆる国より舟こそ通え
されば港の数多かれど
この横浜にまさるあらめや
むかし思えば とま屋の煙
ちらりほらりと立てりしところ
今はもも舟もも千舟
泊るところぞ見よや
果なく栄えて行くらんみ代を
飾る宝も入りくる港
横浜市民であれば、馴染みの深い「横浜市歌」
作詞は森林太郎(森鴎外)で、1909年(明治42年)7月1日の横浜港の開港50周年記念祝祭で披露されました。
この横浜市歌には横浜港が世界各国からやってきた船でにぎわっている様子が描かれていますが、その様子がよく分かる写真がオーストリアで発見されたという報道が朝日新聞に掲載されていました。
写真を撮影したのは、写真家ミヒャエル・モーザー(1853-1912)で、東京大学史料編纂所jの保谷教授の研究チームにより発見されたそうです。
しかも明治初期の写真原版が136点もまとまって発見されたのは初めてのことで、↑の横浜港駅の写真は1872年に撮影と明記されていました。
おそらく野毛の山から撮影したのでしょう。
赤レンガ倉庫の前身となる倉庫とその脇に止まっている列車、そして港に溢れんばかりの船の数々。
1872年は、新橋(汐留)~ 横浜(横浜港)間に鉄道が開通した年です。
本当に貴重な写真だと思います。
新橋横浜間鉄道之図(重要文化財・部分)
上図に描かれている山が野毛山です。
この時代に描かれた絵図と照合すると、写真と整合することがよく分かります。
そのほか、江戸の大名屋敷や小田原城など、江戸から明治に入っての様子が鮮明に描き出されている写真ばかりだそうです。
整理されて公開される日が待ち遠しいものです。
■関連リンク
古写真でみる 文明開化期の横浜・東京 (1) (2) (3)(有隣堂)
https://twitter.com/#!/iTunesJapan/status/159470073667526656
CMで話題を呼んでいる livetune feat. 初音ミク「Tell Your World」配信開始。
チャート急上昇中、早くも総合トップ10入り。
その「Tell Your World」が使われたCMがこちら。
1月18日以降頻繁に流されています。
そしてついにi-tuneチャートトップに!
これは凄いことです。
5年前に書いた 初音ミクにみる音声合成の可能性 というグログ記事では
「まだまだ出始めのソフトでありますので、まだまだ改善すべき点はあるでしょうけれども、向う数年でさらに飛躍的な進歩を遂げることでしょう。」
と締めましたが、ここまで伸びるとは!
GoogleのCMといえばスタイリッシュでクリエイティブなイメージがありますよね。
同社が提供するブラウザ『Google Chrome』のCMに、
あの『初音ミク』が起用されネットでも話題になりました。
レディー・ガガ、ジャスティン・ビーバーなどに続いて
世界のアーティスト達と肩を並べることになったミクさん。
いしたにまさきさんが運営するブログ「みたいもん」では、
CMの担当者にインタビューをしてきたそうです。
CM制作を手掛けたのは株式会社博報堂の
インタラクティブクリエイティブ ディレクターの本山敬一さん。
今なおYouTubeで再生数を伸ばし続ける我らがミクさんのCMですが、
その制作期間はわずか4ヶ月ほどでした。
そもそも、ChromeのCMのシリーズというのは、
Webで起きた素晴らしいリアルストーリーを紹介していくシリーズになっています。
今までに起用されたレディー・ガガもジャスティン・ビーバーも、
共にいわゆる「webの時の人」。
では日本のwebでは誰がいる?
そう考えると、電子の歌姫『初音ミク』に行き着くのは
自然な流れだったそうです。
(―『初音ミク』が登場する『Google Chrome』CMに込められた魂)
今や誰でも様々な表現を作り、それを世界中に配信する環境が整いました。
その環境の変化は目を見張るものがあります。
まさに「Everyone, Creator」の時代です。
「インターネットに分散する個人の様々な才能を発揮する機会の拡大に寄与」
「3万曲をつくったミュージシャンをはじめ、無数のクリエイターの魂がこもっている」
Webはそれにかかわる私たち次第なんです。わたしたちがどうWebに向きあうかで、Webはそれぞれの物語をわたしたちに提供してくれます。
初音ミクの開発者は一部の企業や人ですが、それを育て上げたのは日本のWeb全体といえます。
皆が参加し作り上げ、育て上げたもの、Web2.0の最たる象徴ともいうべきものといえましょう。
冒頭のCMは全世界で配信されます。(これはespañol版)
今後のさらなる展開が楽しみです。
■関連ブログ記事
初音ミクにみる音声合成の可能性
虹は昼に見えるものと思われがちですが、ハワイやイグアスの滝などでは度々夜に虹を見ることができるそうです。
その珍しい虹は、満月に近い月齢の夜、大気中に水滴が多く存在する気象条件に見られる現象で、日本では「月虹」、英語では「ムーンボー」「ナイトレインボー」と呼ばれます。
それを見ることが出来た人は「幸せを招く」「願いがかなえられる」といわれる珍しい現象です。
淡い光により作り出される虹ですから、写真で捉えることはかなり難しいようです。
2012年1月7日午後7時過ぎ、沖縄県石垣島天文台で、この月虹を捉えたというニュースがありました。
(写真は2012年1月7日石垣島天文台スカイモニターで撮影されたもの。引用元はこちら)
実に美しい虹です。
虹といえば、龍にも喩えられますね。
辰年新年早々、このような珍しい虹が日本で見られるというのも嬉しいことです。
月虹といえば、昨年ナショナルジオグラフィックに掲載されたハワイ・マウイ島で撮影された写真が印象的です。
February 2, 2010—Mars shines like a bright red star over a "moonbow" in fog surrounding Hawaii's Halaekala volcano.
(National Geographic News February 10, 2010 Photograph by Wally Pacholka, TWAN)
本当に幸せをもたらしてくれそうな美しい虹です。
肉眼ではうっすらと白い虹に見えるそうなので、是非一度観てみたいものです。
ローマ法王ベネディクト16世は7日夜、バチカンにいながらにして、約200キロ離れたイタリア中部グッビオの丘に飾り付けられたクリスマスの照明をともした。使ったのはタブレット型端末。これがアップル社のiPadではなく、ローマ法王庁などによると、ソニーのタブレットSだった。このため、「法王様はアンドロイドに乗り換えたのか」と、ネット上で話題となっている。
法王はこの日、国営放送のテレビ中継で、「暗闇に明かりがともることを願う」などと語りかけた後にタッチスクリーンに触れ、ネットを通じて点灯した。84歳の法王は、今年6月からツイッターにも投稿している。その際使われていた端末はiPadだった。
グッビオのイルミネーションは、教会の立つ丘いっぱいに、ツリーの形に広がっている。高さ750メートル、幅450メートルで面積は約13万平方メートル。30年前に始まり、地元では「世界最大のクリスマスツリー」と呼ばれている。
(朝日新聞 2011年12月9日・写真は バチカンで7日、タブレット型端末を使ってクリスマスツリーに点灯するローマ法王ベネディクト16世=AP)
日本では、アイフォン、アイパッドの勢いが強いですが、「ローマ法王がアイパッドからソニーのアンドロイド端末に乗換えた」ということが話題となっているようです。
そのソースとなったのが、イタリア・グッビオの丘に飾り付けられたクリスマスツリー点灯式のニュースです。
グッビオのツリーは、ギネスブックで世界最大のクリスマスツリーと認定されており、高さは実に2,132フィート!、使用される電線の長さは25,000フィートに及びます。
きっとそれはそれは見事なイルミネーションなのでしょう。
ツリー点灯は、グッピオの丘から200km離れたバチカンからローマ法王ベネディクト16世により指令が出されました。
タブレット端末を使ったり、ツイッターでつぶやいたり・・・・・最新の機器を使うところが、伝統宗教とミスマッチであるように感じがちですすが、それはきっと偏見です。
歴史を振り返ると技術の最先端には、いつも宗教が絡んできました。
製本技術、印刷技術・・・・メディアと宗教っていうのは切っても切り離されない関係にあるのです。
昨年の点灯の様子がYoutubeに公開されていましたので、ご紹介します。
(こちらは、アイパッドによる点灯儀式です)
そして、今年の点灯式はこちら。
(ソニーアンドロイド端末による点灯儀式です)
ローマ法王ベネディクト16世といえば、東日本大震災を経験した日本の少女による
「どうして日本の子どもは怖くて悲しい思いをしなければならないの?」
との質問に、
「私も自問しており、答えはないかもしれない。キリストも無実の苦しみを味わっており、神は常にあなたのそばにいる」
と回答したやり取りが記憶に新しいところです。
世の中にイルミネーションが溢れる季節を迎えました。
宗教は違えど、一つひとつの明かりが暗闇を照らし人々の心に平安を届けてくれますように・・・・
最後の被災列車撤去完了 東松島・JR仙石線
東日本大震災の影響で、JR仙石線の野蒜―陸前小野(ともに宮城県東松島市)間に残されていた列車が8日、9カ月ぶりに撤去された。JR東日本管内で、震災後に取り残された車両の撤去が完了した。作業は午前9時ごろ、東松島市野蒜の鳴瀬川橋梁(きょうりょう)付近で始まった。線路上にある4両編成の列車を、クレーン車で1両ずつ慎重につり上げ、トレーラーに積み込んだ。
車両には、さびなどが見られるものの大きな損傷はなかった。仙台車両センター宮城野派出(仙台市宮城野区)まで陸送され、点検を受ける。
列車は3月11日、あおば通発石巻行きの下り快速として運行していた。震災直後に野蒜駅から600メートル離れた高台で緊急停車し、浸水を免れた。乗客ら約60人は翌日、線路を歩いて避難所まで移動した。
仙石線は一部区間の線路が津波で流されるなどの被害を受け、高城町(宮城県松島町)―矢本(東松島市)間が不通となっている。
(河北新報 2011年12月09日)
東日本大震災で取り残された被災列車の最後の車両の撤去作業が今日ようやく完了しました。
震災後、鳴瀬川沿いの県道を何度となく近くを通るたびに止まったままの4両編成の車両を眺めてきました。
⇒ブログ記事止まったままの仙石線 (右写真は10月26日撮影)
その止まったままの列車が9ヶ月を経てようやく撤去されました。
東日本大震災の発生時刻には、数多くの列車が走行中でした。
また、太平洋沿岸地域では震災後襲ってきた津波により、線路設備や列車に大きな被害がもたらされました。
しかし、日本全国を走っていた列車の乗客の中で、東日本大震災により亡くなられた方は数名でした。
(その数名は、くしくもこの列車と同じ時刻に野蒜駅を反対方向に出発して直ぐに被災、運転手、車掌さんによりマニュアルどおり指定避難所に避難誘導された後に襲ってきた津波によるものでした。心より哀悼の意を表します)
東日本旅客鉄道(JR東日本)常磐線では新地駅、坂元駅が津波により崩壊。新地駅では4両編成の列車が脱線、大破したが、乗客・乗員は事前に全員避難し死傷者はなかった。浜吉田駅 - 山下駅間で日本貨物鉄道(JR貨物)のコンテナ貨物列車が脱線したが、機関士は無事であった。勝田駅 - 水戸駅間で盛り土が変形し、レールは100メートル以上にわたってゆがんでいる。仙石線では東名駅 - 野蒜駅の間を走行中の4両編成の列車が津波に流されて脱線した。乗客は津波の到達前に乗務員の誘導によって近傍の野蒜小学校へ避難したが、その後小学校を襲った津波によって数名が亡くなった。また野蒜駅 - 陸前小野駅間を走行中の列車も脱線したが辛うじて津波の被害を免れ、乗客は翌日救出された。山田線では宮古駅 - 磯鶏駅間で第34閉伊川橋梁が流出した。気仙沼線では最知駅 - 松岩駅間で列車が脱線し、運転士から旅客を救助した旨の報告があった後連絡が取れなくなり、列車が一時行方不明となっていた。大船渡線では、盛駅付近および大船渡駅 - 下船渡駅間の列車から避難の連絡があった後、一時連絡が取れなくなった。これらの一時的に連絡が取れなくなった全ての列車で、乗客全員が事前に避難し、乗務員が無事であったことが3月12日までに確認された。
(ウィキペディア「東日本大震災による鉄道への影響」項より引用)
鉄道を建設する方々、維持管理する方々、そして列車運行に携わる運転手、車掌、駅員・・・数多くの鉄道マンたちにより、数多くの命が守られました。
そのことは、つくづく世界に誇るべきことだ感じます。
仙石線の東松島市の区間(現在も不通の区間)は、恐らく別のルートに敷設し直されるか、レールバス方式の運行に変更されることでしょう。
したがって、この仙石線野蒜地区の線路も、被災列車と同じようにまもなく撤去されるはずです。
運行形態が変わっても、震災の記憶が失われないよう継承されていく仕組みをつくることも大切だと思います。
一日も早い仙石線全体の復旧を願います。
■関連ブログ記事
止まったままの仙石線
「ユレダス」揺れ出す9秒前に
首都高速道路は、現在の「ゾーン別料金」(東京区間、神奈川区間、埼玉区間)を改定し、来年1月1日から距離に応じた料金制度に移行することを正式発表しました。
新しい料金体系は、ETC搭載の普通車については基本料金500円から6kmごとに100円加算、上限900円となります。
ただし、ETCを搭載していない車で、現金払いの場合は一律900円となります。
また、これに伴い夜間・日曜祝日のETC割引制度は廃止されます。
さて、距離別料金制度は、一見「公平」のように見えます。
しかし、発表された料金体系を見ると、必ずしもそうとはいえない部分も見えてきます。
⇒新料金で幾らになるかは首都高速のサイトでチェックできます。
長距離を走る場合には、東京区間・神奈川区間・埼玉区間のゾーンを跨いで走る場合が多く考えられます。
その場合は、おしなべて、現行料金よりも値下げとなります。
例えば、私が東北方面へ出かける場合によく使う 「磯子」から「川口JCT」(距離 73.0km)では、現行料金は 神奈川区間 600円+東京区間700円の合計1300円です。
新料金体系では、ETC料金 900円、現金払で900円です。
終点が埼玉区間の場合には、値下げ額はさらに大きくなります。
距離が長くなるほど高くなるということは必ずしもいえない、むしろ安くなる場合が増えるといってよいと思います。
さらに、極端な例ですが、狩場線の「花之木」から「阪東橋」までの区間(距離0.7km)を走った場合、
新料金体系では、ETC料金500円、現金払料金 900円です。
700mの区間が現金払の場合、900円ですよ!
新しい距離別料金制度は、現行制度に比べて、必ずしも短い区間ほど安くなり、長い区間ほど高くなるいうことは無いと考えたほうが良さそうです。
さらに、2つの問題点を挙げてみましょう。
(1)「ゾーン別料金」が無くなるということは、現在、神奈川と東京の境に設置されている料金所が無くなるということになる筈です。
とすると、横羽線~湾岸線を結ぶ長距離の「環状線」が出来あがり、サーキット代わりに利用する「輩」が増えるのではないでしょうか。
(2)そもそも、現与党政権は「民主党高速道路政策大綱~高速道路の無料化~」によって、高速道路を原則無料化し、ETCの必要性を無くすということを主張していたのではないでしょうか。
現金払の利用者に優しくない料金体系は、どうなんでしょう。
ETC普及促進のために購入費補助制度などを新設するとしていますが、野党時代の主張は何処へいったのか。
また、ETC利用には専用のクレジットカードが必要です。高齢者や無職の人などクレジットカードを持たない(あるいは持てない)方にはどのように配慮するのでしょうか。
Mr.ETCくんの陰の力が働いたのか?
Mr.ETC ©首都高速道路株式会社
このことを踏まえて、個人的見解としては、最低利用料金を引き下げた上で「ゾーン別+距離別料金制度」を提起します。
1km未満の区間は100円、高くても200円が精一杯でしょう。
最低料金はそこから始まって、段階的に最高900円まで、そして、神奈川⇒東京などのゾーンをまたぐゲートを通過する場合に、200円を加算・・・・とするなど検討の余地はたくさんありそうです。
世界の人口が、本日(2011年10月31日)推計で70億人となります。
国連人口基金では、今日生まれた赤ちゃん全員に「70億人目の赤ちゃん(の一人)」である認定証を発行するそうです。
ただし、認定証を受け取るためには応募が必要だそうですので、家族、親類、友人、知人で今日生まれた方をご存知の方には教えてあげては如何でしょうか。
認定証は国連人口基金のサイト(http://www.70okunin.com)から申し込むことができます。
国別の人口順位は次のようになっています。
推計人口(全世界は2011年10月31日、各国は2010年末)
全世界 7,000,000,000
1
中華人民共和国 1,348,926,313
2
インド 1,224,514,327
3
アメリカ合衆国 314,551,246
4
インドネシア 239,870,937
5
ブラジル194,946,470
6
パキスタン173,593,383
7
ナイジェリア158,423,182
8
バングラデシュ148,692,131
9
ロシア 142,958,164
10
日本 126,535,920
この中では、インドの人口増加が著しく、まもなく中国を抜いて世界一位の人口をもつ国となるはずです。
日本は現在10位ですが、徐々に順位を落としていき、2050年には20位前後となるようです。
国連人口基金(UNFPA)のデータをもとにこれまでと今後の世界人口の推移をグラフ化してみました。
それにしてもアジア、アフリカの人口の増加が著しいですね。
飢餓や貧困率、幼児の発育不良などが解消された結果、乳幼児、子どもたちの死亡率は格段に低下しました。
多くの国で出生率は減少傾向にありますが、総体的に世界の人口は増え続けています。
このままでいけば、2050年にはグラフに示されるとおり90億人を突破すると予測されています。
そうなると、栄養を必要量摂取できない、いわゆる「飢餓人口」が急速に増えることが懸念されます。
この地球が「支えられる」人間の数には自ずと限りがあるからです。
また、各国で進行している高齢化社会、若年生産人口の減少により、世界経済全体の停滞も深刻化するでしょう。
必ずしも良い面ばかりではなく、むしろ解決しなければならない問題が山積といった状況です。
抜本的な対策が早急に求められます。
■世界人口70億人を考える7つのキーワード
人口
貧困と不平等
女性と少女
若者
リプロダクティブ・ヘルス/ライツ
環境
高齢化
都市化
ジョブズ氏の革新に影響を与えた思想とは―― 日本の禅僧と長年の交流
5日に死去した米アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏が手掛けた製品は、パーソナルコンピューターの「マッキントッシュ」から多機能携帯端末「iPad」に至るまで、ミニマリスト的デザインとシンプルな操作性が特徴だった。
ジョブズ氏のこうした革新的なデザインには、禅の影響があるのではないかと指摘する声もある。
ジョブズ氏は若いころインドに旅して仏教に触れ、1970年代にカリフォルニア州の禅センターに通って、日本出身の禅僧、故・乙川弘文氏と交流を深めたといわれる。
乙川氏はジョブズ氏の結婚式を司り、86年にジョブズ氏がアップルのCEOを解任されて設立した「ネクスト」の宗教指導者にも任命されるなど、2人の交流は長年にわたって続いた。
ジョブズ氏がスタンフォード大学で2005年に行った有名な講演をはじめ、同氏の発言の中には禅の自力本願の思想が反映されている。講演でジョブズ氏はこう語った。「過去33年間、私は毎朝鏡の中の自分に向かって『もし今日が自分の人生最後の日だったら、今日やろうとしていることをやりたいと思うだろうか』と問い掛ける。そして答えが「ノー」の日が続いたら、何かを変えなければいけないと思う。自分はいつか死ぬと思い続けることは、私が知る限り、何かを失うかもしれないという思考のわなに陥るのを防ぐ最善の方法だ」。
ジョブズ氏と乙川氏との交流は、フォーブズから近く出版される劇画小説「The Zen of Steve Jobs(スティーブ・ジョブズの禅)」に描かれている。
(2011/10/7 CNNニュース)
今月5日にスティーブ・ジョブズ氏が死去したニュースは全世界を駆け巡りました。
これは、まさに誰も使える身近な使いやすい装置をスティーブ・ジョブズ氏が発明したことによる結果を如実に物語っていますし、オバマ大統領のコメントは短いながらも彼の成し遂げたことの偉大さを実に的確に表現しています。
Michelle and I are saddened to learn of the passing of Steve Jobs. Steve was among the greatest of American innovators - brave enough to think differently, bold enough to believe he could change the world, and talented enough to do it.
By building one of the planet's most successful companies from his garage, he exemplified the spirit of American ingenuity. By making computers personal and putting the internet in our pockets, he made the information revolution not only accessible, but intuitive and fun. And by turning his talents to storytelling, he has brought joy to millions of children and grownups alike. Steve was fond of saying that he lived every day like it was his last. Because he did, he transformed our lives, redefined entire industries, and achieved one of the rarest feats in human history: he changed the way each of us sees the world.
The world has lost a visionary. And there may be no greater tribute to Steve's success than the fact that much of the world learned of his passing on a device he invented. Michelle and I send our thoughts and prayers to Steve's wife Laurene, his family, and all those who loved him.
冒頭のニュースにあるとおり、その革新的な発想の源として、「禅」の存在がありました。
欧米に浸透し、広がっている禅の影響力を改めて感じるニュースです。
スティーブ・ジョブズ氏のスタンフォード大学卒業式における伝説的なスピーチには禅の思想が至るところに散りばめられています。
是非その箇所を探してみてください。
また、この秋に発売予定の『The Zen of Steve Jobs(スティーブ・ジョブズの禅)』の一部がForbesのサイトで公開されています
先日(10月4日)東京グランドホテルで開催された 国際シンポジウム では、欧米の知識階級、特に若者に広がる「仏教」「禅」の思想についての指摘もありました。
例えば、マサチューセッツ工科大学の学生と日本の東京工業大学の学生それぞれに仏教について、そして禅について、同じ質問を投げかけた時の差とその差が何故生じるのか・・・などなど・・・・
また、その後の懇親会の場でも秋葉玄吾北アメリカ前国際布教総監老師から有意義なお話を伺うことも出来ました。
現在、国外には曹洞宗の宗侶養成機関としての常設専門道場はありませんが、それを建設するという天平山プロジェクトも始動しつつあります。
きっと、禅はアメリカの地に、より深く根を広げていくことでしょう。
この続きは、また後ほど追記させていただきます。
韓国仏教の『参禅』をフランスで広報、「日本の『禅』は偽物」=韓国
韓国仏教の広報のため、9月27日からフランスを訪問した曹渓宗総務院長チャスン僧侶(57)は1日(現地時間) 、記者団と懇談会を行った。席上で、日本語の「禅(ぜん・Zen)」という用語は間違っており、韓国仏教の特徴である「参禅(チャムソン・Thomson)」という用語を世界の人々に広く知らしめたいと強調した。複数の韓国メディアが報じた。
韓国メディアは「日本用語の『禅』は偽物、私たちの用語『参禅』を世界に知らせる」と題し、詳細を伝えた。
チャスン僧侶は「私たち(韓国仏教)は1700年の歴史を自負しているが、事実上、世界の人々は韓国仏教をよく知らずにいる。これまで韓国仏教は、井の中の蛙のような布教に過ぎなかった」と自省した。
また「アジアの遺物や美術品を展示した、パリのギメ東洋美術館で、『参禅』が日本の『禅』と間違って紹介されているのを見て、自尊心が傷つけられた。『参禅』という私たちの固有の言葉で統一し、世界の人々にこれを知らせたい」と強調した。
チャスン僧侶は、今後は韓国仏教を世界に知らせることに力を注ぐため、米国コロンビア大韓国学研究学生たちに毎年10万ドルを支援するなど人材養成を行う。また、現地文化や言語が分かる外国人僧侶を通した布教活動や、国連に僧侶を派遣して韓国仏教を知らせる方案などを推進する意向を明らかにした。
さらに「これらの広報活動の結果、外国人が韓国仏教文化を体験するために韓国へ来れば、観光収入も増加し、精進料理とともに、韓国料理も世界化される」と語ったという。
チャスン僧侶ら一行は、韓国文化院、パリ7大学などで韓国仏教の広報活動を行い、イリーナ・ボコバユネスコ事務総長と面談するなど、5泊6日間の日程を消化し、韓国に2日、帰国した。
(サーチナニュース 2011/10/03)
意味のわからないニュースです。
曹渓宗(チャスン総務院長)は、曹洞宗(佐々木宗務総長)とともに、今年7月8日、東日本大震災故者慰霊法要を宮城県若林区の林香院で合同で行ったばかりです。
それから間もない時期のこの報道、事実だとしたら何を意図しているのでしょうか?
あまりにも突っ込みどころが多い記事ですので、この記事に関するコメントはこの程度に留めておきます。
帝国データバンクは29日、プリンターやミシンなどを製造するシルバー精工が東京地裁に民事再生法の適用を申請し、受理されたと発表した。27日付。帝国データによると、負債総額は12億7226万円。ミシン需要の低迷やプリンター機器の販売競争の激化などから業績が低迷していた。
シルバー精工は1952年設立。ミシンなどの編み物・織物を手がけてきたが、ミシン需要の低迷を受けてカラープリンターなどの情報機器や掃除機などの家庭用機器の製造に注力。91年3月期には売上高140億円を計上していた。しかし、94年ごろから業績が悪化。2010年3月期には連結売上高は34億円まで減少、19億円の最終赤字を計上していた。
シルバー精工は84年には東証1部に上場していたものの、今年1月、上場廃止となっていた。
(朝日新聞2011.9.29)
ちょっと残念なニュースが入ってきました。
経営破たんしたシルバー精工は、昨年末に2回目の手形不渡りを出して銀行取引停止処分となり、今年1月に上場廃止となっていました。
株は仕手株となって、もはや健全な会社運営ができる状態ではなかったようです。
シルバー精工といえば、ミシンやタイプライターが有名ですが、貞昌院で数年前に導入した紙折り機もこの会社の製品です。
⇒http://teishoin.net/blog/002588.html
今でも活躍してくれ、重宝している紙折り機の製造元が無くなってしまいました。
機械の調子が悪くなった際にサポートセンターに送ると、丁寧な対応で修理していただき、詳しい原因解説付きで修理品が戻ってきました。
ユーザーに優しい真摯な会社だっただけになおさら残念に感じます。
このような手ごろな価格でコンパクトな紙折り機は他にはほとんど無いので、今ある貴重な機械をを大切に使っていきたいと考えています。
死海文書、オンラインで公開へ
Googleは2010年10月に発表していた死海文書のオンライン公開プロジェクトについて、9月26日に「Great Isaiah Scroll(イザヤ全書, 1QIsaa)」を始めとする5巻の文書を公開したことを明らかにした。
公開された5つの死海文書は「死海文書オンラインコレクション」で閲覧できる。なお、サイトは英語での表示になる。
同プロジェクトはエルサレムのイスラエル博物館が主催し、Googleが技術面で協力したもので、Google Storage、App Engineでのホスティング、公開サイトの仕様やデザイン、Web検索などのサポートを同社が提供しているという。
紀元前3世紀から1世紀に書かれたとされる死海文書は、これまで発見されたものの中で最古の聖書写本群といわれており、紀元前68年にローマ軍の侵攻から守るために死海沿岸にあるユダヤ砂漠の11の洞窟に隠され、1947年に発見された。
オンラインでの公開にあたってデジタル化された死海文書は、一般的なカメラの約200倍以上の1200メガピクセルという非常に高い解像度で撮影されており、文字が書き込まれた羊皮紙表面を細部まで見ることが可能となっている。
撮影は、貴重な古文書や美術作品などのデジタルアーカイブを専門とするデジタルフォトグラファーのArdon Bar-Hama(アードン・バルハマ)氏によって行われた。
文書は章や節ごとに閲覧でき、画面上でヘブライ語のテキストをクリックすると、その部分の英訳を読むことができる。これらの死海文書は、GoogleのWeb検索からフレーズ検索することもできるようになっている。なお、公開された文書は、次の5巻(日本語訳は参考)。
・Great Isaiah Scroll (イザヤ全書, 1QIsaa)
・Temple Scroll (神殿の巻物, 11Q19)
・War Scroll (戦いの書, 1QM)
・Community Rule Scroll (教団規定, 1QS)
・Commentary on the Habakkuk Scroll (ハバクク書注解, 1QpHab)(マイコミジャーナル 9月26日)
死海文書が高精細度デジタルアーカイブ化されてオンラインで公開されました。
羊皮紙表面に書かれた古文書ですから、保存には細心の注意が必要ですし、研究者が気軽に閲覧することも出来ません。
しかし、デジタルアーカイブはその問題を克服することを可能にしました。
オリジナル文書は、保存に徹することができますし、デジタルアーカイブは英訳、注釈つきで誰でもいつでも見ることができます。
それにしても、冒頭のようなこの手のニュース記事は、なぜソース、公開先を示さないのでしょうか。
実に不思議です。
ということで、公開先は下記をクリック。
宗門でいえば、それが一般に公開されるかどうかは別として、正法眼蔵およびその写本類、さまざまな文献がデジタルアーカイブ化されることを望みます。
瑩山禅師の「瑩」の字は? の記事で書いた『観音堂縁起』を元にした瑩山禅師の「瑩」の字、そのほかさまざまな論議が、幅広い範囲からの客観的な史料をもとに誰でも出来うるからです。
今後の展開に期待しましょう。
人工衛星や宇宙船などは、これまで五十数年間に4600回以上打ち上げられており、その結果、地球の周回軌道に漂う宇宙ゴミの問題が年々深刻化しています。
NASAによると、現在 US Space Surveillance Network が確認している10センチ以上の宇宙ゴミは約1万6000個、数センチのものは約50万個にも及ぶとされています。
既存の人工衛星の運用にも影響がでますし、大きな宇宙ゴミに関しては今回のような落下騒動にもなります。
今後、このような報道は増えていくことでしょう。
今日大気圏に落下するとみられているアメリカの大気観測衛星 UARS は、全長10m、重さは6トンという巨大なものです。
UARS ©NASA
NASAの速報(UARS Mission Update #10 によれば、日本時間9月23日午後11時30分現在、衛星は高度160-170kmの軌道を通っています。
また、日本時間24日午前8時30分の速報#11では衛星の高度は145-150km。 徐々に落下していることがわかります。落下予想時刻は日本時間正午12時から午後4時ごろとなりました。
第13報で落下時刻がだいぶ絞られました。日本時間で午後0時45分から午後1時45分となっています。
UARS Mission Updates
Update #10
2011年9月23日、23:45:08
As of 10:30 a.m. EDT on Sept. 23, 2011, the orbit of UARS was 100 miles by 105 miles (160 km by 170 km). Re-entry is expected late Friday, Sept. 23, or early Saturday, Sept. 24, Eastern Daylight Time. Solar activity is no longer the major factor in the satellite's rate of descent. The satellite's orientation or configuration apparently has changed, and that is now slowing its descent. There is a low probability any debris that survives re-entry will land in the United States, but the possibility cannot be discounted because of this changing rate of descent. It is still too early to predict the time and location of re-entry with any certainty, but predictions will become more refined in the next 12 to 18 hours.Update #11
2011年9月24日、8:30:46
As of 7 p.m. EDT on Sept. 23, 2011, the orbit of UARS was 90 miles by 95 miles (145 km by 150 km). Re-entry is expected between 11 p.m. Friday, Sept. 23, and 3 a.m., Sept. 24, Eastern Daylight Time (3 a.m. to 7 a.m. GMT). During that time period, the satellite will be passing over Canada, Africa and Australia, as well as vast areas of the Pacific, Atlantic and Indian oceans. The risk to public safety is very remote.Update #12
2011年9月24日、11:50:07
As of 10:30 p.m. EDT on Sept. 23, 2011, the orbit of UARS was 85 miles by 90 miles (135 km by 140 km). Re-entry is expected between 11:45 p.m. Friday, Sept. 23, and 12:45 a.m., Sept. 24, Eastern Daylight Time (3:45 a.m. to 4:45 a.m. GMT). During that time period, the satellite will be passing over Canada and Africa, as well as vast areas of the Pacific, Atlantic and Indian oceans. The risk to public safety is very remote.Update #13
2011年9月24日、13:55:17
As of 10:30 p.m. EDT on Sept. 23, 2011, the orbit of UARS was 85 miles by 90 miles (135 km by 140 km). Re-entry was expected between 11:45 p.m. Friday, Sept. 23, and 12:45 a.m., Sept. 24, Eastern Daylight Time (3:45 a.m. to 4:45 a.m. GMT). During that time period, the satellite was passing over Canada and Africa, as well as vast areas of the Pacific, Atlantic and Indian oceans. The risk to public safety was very remote. NASA is working to confirm the re-entry location and time and will provide an update shortly.
NASAの軌道をもとにJAXAが計算したUARSの軌道予想図です。
速報#11によれば、グリニッジ標準時GMT で9月24日午前3時45分から4時45分までに落下の可能性となっています。
日本時間では今日(9月24日)日本時間で午後0時45分から午後1時45分ということになります。
ということは、北アメリカ大陸~大西洋南部~アフリカ南部沖~インド洋あたりに落下する(した)可能性が高いということでしょうか。
もしも、落下時刻が後ろにずれて日本付近(太平洋沖)に人工衛星が落下するとすれば、注意すべき時間帯は午後7時過ぎです。
夕方までに未だ落下の報道がない場合、午後7時過ぎに日本の太平洋岸から南東の方向を見ると、もしかしたら落下の光跡を彼方に見ることができるかも?しれません。
※日本ので注意すべき時間帯を修正しました。
まけないタオルという中途半端な大きさのタオルがあります。
ふつうのタオルは長さ80センチほど。
しかし、まけないタオルは50センチほどしかありません。
これでは頭にも腰にも巻くことが出来ない。
まさに まけないタオルです。
まけないというのは「負けない」という意味が込められています。
公益法人シャンティーボランティア会(SVA)副会長の三部義道老師により発案され、被災地各地に届けられています。
日本各地には被災地を思い、決して負けないで!絶対乗り越えて!と祈っている人がたくさんいます。
その思いをタオルにして被災地に届けたいと呼びかけると、本当にたくさんの方々が賛同してくださり、支援の輪が広がりました。
このタオルは支援者にも一枚届けられ、同じタオルを握り締めて一緒に乗り越えていこうという、心をつなぐタオルでもあります。
(禅の友9月号より一部引用)
阪神淡路大震災の際には「まけないぞうタオル」プロジェクトに協力させていただきました。
まけないタオルによる心をつなぐ輪は、既に2万枚を超え、大きく広がっています。
被災地を思い、被災地とともに歩み乗り越えていこうという心は同じです。
今日9月1日は関東大震災発生の日、防災の日です。
防災の日がこの日に決まったきっかけになったのは戦後最大の被害をもたらした伊勢湾台風です。
(伊勢湾台風は昭和34年、第一回目の防災の日は昭和35年)
9月1日は暦の上では雑節「二百十日」(立春から210日目)であり、9月1日以降はは台風が日本に上陸することが多くなります。
今年も台風12号が日本列島に上陸する進路をとっています。
政府、地方公共団体等関係諸機関をはじめ、広く国民が台風高潮、津波、地震等の災害についての認識を深め、これに対処する心構えを準備するため、「防災の日」を創設する。
「防災の日」は、毎年9月1日とし、この日を中心として、防災思想の普及、功労者の表彰、防災訓練等これにふさわしい行事を実情に即して実施する。
上記の行事は、地方公共団体その他関係団体の緊密な協力を得て行なうものとする。
(昭和35年6月17日 閣議了解)
地震はいつやってくるかわかりません。
常に防災意識をもち、災害時に備えることが災害の未然防止と被害の軽減に大きな意味を持ちます。
防災の日の創設意図を改めて考えてみたいと思います。
・対岸は見える、だがこれは駄目なんだろ?
・GPSが切れたら俺は運転も出来ないのかよ
・エンジンだけは一流のところをみせてやるぜ
・フルパワーだぜ 信じらんねぇ
・俺の人生は晴れ時々大荒れ いいね、いい人生だよ
・風を…風を拾うんだ…!
・押されてる・・・分かってる! うぅぅわあああああ!!
・左脚がつってる!!うぅうわあああああああ!!!
・あああ足がああああ!!うっっごけええええ!!
・ああー!痛いっ!
・回れ!回らんかああ!
いや~、本当にすごいフライトでした。
ライト兄弟が初めて大空を滑空してから約100年。
多くの人々が飛行に挑戦しては失敗を繰り返してきました。
私も、大学の時代には鳥人間コンテストに挑戦し琵琶湖まで行ったことがあります。
もう25年も前のこと。
一年目のエントリーでのプロペラ部門は敷居が高く、滑空機部門にエントリーしました。
プラットホームから飛び立った機体は直後、そのまま機首を下に向けて頭から湖面に。
記録は確か16mでした。
それにしても、近年人力プロペラ部門の記録の伸びは物凄いですね。
今年はそれにも増して、東北大学Windnautsのパイロット、中村拓磨選手のアツいフライトが鳥人間コンテストを盛りたてました。
記録は 18キロ687メートル。
東北大学、優勝おめでとう!
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飛びたつために足りない「何か」
真の文明は
山を荒らさず
川を荒らさず
村を破らず
人を殺さざるべし
今日のNHKニュースで、3月下旬に福島県いわき市や飯舘村などの1149人の子どもを対象とした甲状腺被曝量を検査したところ、約半数の子どもの甲状腺から放射性ヨウ素による放射線が検出されたという報道がありました。
最も多い子どもで、35ミリシーベルトということです。
NHKの画面には「放射線微量 影響が出る値ではない」というテロップが流されています。
検査のの結果は、来週以降に国の対策本部から子どもや保護者に通知されることになっているそうですが、既に結果から4ヶ月近く経過してしまいました。
何故そんなに時間がかかるのでしょうか。
そして、もっと言えば、水素爆発前後の期間だけでも子どもたちや妊婦さんについて強制的に非難させて、内部被曝を防ぐべきではなかったのか。
実際に起こっている事象を隠して「ただちに影響が出る深刻な状況ではない」と発表し続けたことが正しかったのか。
今となっては、ただただ子どもたちに今後影響が出ないことを祈るばかりです。
<東日本大震災>墓参できず、住職も避難…警戒区域の新盆東日本大震災が起きてから初めてのお盆を迎えた被災地。東京電力福島第1原発事故がいまだに収束しない福島県では、放射線の影響で自宅に戻ることができず、墓参りがかなわない被災者が大勢いる。「どこで仏様を迎えたらいいのか……」。先祖はおろか、震災で失った家族の供養もままならない被災者は、深いため息をつく。
原発北方の南相馬市鹿島区南右田地区は、沿岸部の墓地が津波に襲われ、墓石が跡形もなく消えた。砂浜のようになった墓地では13日、卒塔婆を地面に立てて線香や花を供える人たちがいた。墓地のそばの自宅が流され、市内の仮設住宅に住む男性は「どこか安全な場所にお墓を移した方が良いのかもしれないけど、代々お参りしてきた場所を離れるのはいやだし、迷っている」と話した。
立ち入りが制限されている警戒区域(原発20キロ圏内)に住んでいた人たちは墓参りすらできない。菩提(ぼだい)寺の住職には檀家(だんか)から悩みが寄せられるが、住職も県内外に避難している場合が多く、法要は避難先近くの斎場などを借りて行うしかない。
原発から約9.5キロ北西にある真言宗豊山(ぶざん)派清水寺(きよみずでら)(同県浪江町)の檀家の一人、宇佐見なよ子さん(56)は、原発事故で入院先を転々とした義母を亡くし、まだ納骨もできていない。事故直後、亡き夫が入る自宅そばの墓石が倒れているのが見えたが、「父ちゃんごめん」と思いながら、直す間もなく慌ただしく避難した。「義母を早くお墓に入れてあげたい。お参りができないのは申し訳ないし、つらい」と話した。
清水寺は12日、約55キロ離れた福島市の斎場で法要を営んだ。林心澄住職(44)は「お墓参りができずにつらいと思いますが、帰れる日が来ると希望を持って、お体を大切に」と約120人の出席者に語り掛けた。
原発周辺の寺の住職たちの間には、檀家の心のよりどころを取り戻そうと、寺や墓の移転を国と東電に求める動きも出ている。林さんら真言宗の住職有志は「東電原発事故被災寺院復興対策の会」を結成。今月中にも東電や国に対して▽本尊など文化財の早急な搬送▽檀家の墓を含む宗教施設の移転--などを要望する予定だ。他の宗派にも活動の輪を広げたいという。
県仏教会によると、檀家が菩提寺の住職と連絡が取れず、戒名のないまま葬儀をあげるケースもあったという。同会は「お盆行事だけでなく寺院は地域の絆の要、文化の中心としての役割を担ってきた。その崩壊を食い止める手立てを考えていきたい」と宗派を超えた連携にも前向きだ。
(毎日新聞 8月13日)
今日は8月盆の入り。
被災地では、さまざまな理由でお盆のお墓参りすら叶わない方もたくさんいらっしゃいます。
そして、それぞれの地で地域の方々のために、僧侶を含めて多くの方々が活動されているということも忘れてはなりません。
記事の中の「お盆行事だけでなく寺院は地域の絆の要、文化の中心としての役割を担ってきた。その崩壊を食い止める手立てを考えていきたい」という命題をどう解決していくのか、真剣に考えていかなければならない難しい問題です。
冒頭は足尾銅山鉱毒事件の運動で有名な明治時代の元衆議院議員、田中正造氏の言葉です。
6月に開催された「総理・有識者オープン懇談会」の場で、坂本龍一氏から管首相に投げかけられたものです。
坂本氏の訴えは「菅総理!福島の子どもたち、妊婦さんを助けてください。お願いします」と深いお辞儀で締めくくられました。
総理は、国は、東電はどのようにこの言葉を受け止めたのでしょうか。
今日、8月9日は、長崎に原爆が投下されてから、66年目の慰霊の日を迎えました。
長崎市の平和公園では、午前10時35分から菅首相やアメリカの代表ほか各国の要人、関係者、被爆者などおよそ6,000人が参列され平和式典が開催される予定です。
この横浜の地からも原爆投下の午前11時2分に祈りを捧げたいと思います。
式典で出される長崎市長の平和宣言では、福島原子力発電所事故を踏まえ、原子力に依存しないエネルギー政策の転換が盛り込まれるようです。
また、福島県いわき市の43人の中学生も招かれ、被災地の復興を願い原子力政策を考える上で、今年ならではの平和式典になるのではないかと感じています。
今年、神奈川県第二宗務所主催の檀信徒研修旅行では、長崎の地を訪れることとなりました。
管内ご寺院様には既にご案内が届いていることと存じますが、11月8日からの檀信徒研修旅行に、御寺院様、檀信徒の皆様の参加をお待ちしております。
内容の濃い充実した旅行になるよう準備いたしておりますのでよろしくお願いいたします。
また、東京都宗務所では、11月14日より原爆搭載機エノラゲイ、ボックスカーが飛び立ったテニアンの飛行場をはじめ、サイパン、テニアン島各所の戦跡を廻る旅行を計画しております。
昨年、秋に 東京都婦人会研修会でお話させていただいたご縁が具現化した旅行です。
こちらのほうにも、参加させていただく予定です。
どちらの研修旅行も長崎に投下された原子爆弾に深く関係のある旅行です。
改めてご縁に感謝します。
そして、今日は原爆で犠牲となられた多くの方々を思い、慰霊の日を迎えたいと考えています。
東北電力管内で6日、最大電力使用量が1148万キロ・ワットに達し、供給力1158万キロ・ワットに迫ったため、急きょ50万キロ・ワットの追加融通を東京電力から受けた。
4日から既に東京電力から30万キロ・ワットの融通を受けており、2日連続で自前で管内の使用量をまかなえない事態となった。
東北電力によると、この日は最大需要を1080万キロ・ワットと予想していた。ところが、気温が上昇して増加が見込まれたため、50万キロ・ワットの追加融通を受け、1208万キロ・ワットの供給力を確保した。
当初の供給力に対する電力使用率は99・1%で、追加の融通分を含めた供給力に対する使用率は95・0%となった。追加融通を受けなかった5日の使用率は97・7%だった。
東北電力は、日曜日の7日に電力融通を受けないが、週明けの8日から再び、東電から30万キロ・ワットの供給を受ける。東北電力は、水力発電所が豪雨などで100万キロ・ワットの供給力を失っており、復旧を急いでいる。.
(読売新聞 2011年8月6日)
東日本大震災により、太平洋沿岸部の主要な発電所が被害を受け、また福島第一原子力発電所の事故をきっかけにした各所の原子力発電所の運転停止により、日本の電力供給が需要に追いつかなくなる事態が発生しています。
特に、3月末から4月にかけて行われた東京電力管内の計画停電では社会全体に大きな影響が発生しています。
一年を通してみると、電力需要のピークは夏にやってきます。
(出典:「原子力・エネルギー」図面集 2007 1-21 電気事業連合会資料より引用)
例年は7月後半、特に小中学生が夏休みに入る頃の7月20日前後に電力需要のピークがやってきます。
今年の夏は、産業界、各家庭で行われた節電対策と、「涼しい夏」で推移したために7月に電力需要が逼迫することはありませんでした。
ところが、8月に入ってからは東北電力管内で電力需給の状況が厳しくなっています。
特に7月下旬の新潟・福島豪雨により、新潟、福島両県内の実に29か所もの水力発電所が停止してしまいました。
このために東北電力管内の電力供給力が100万KWほど減少しています。
さらに暑い夏がやってきたために電力需要が増え、東北電力の発電所だけでは賄えない事態が発生し、8月4日から東京電力から30万KW(8月5日にはさらに50万KW)の電力を送ることでようやく凌いでいます。
一日も早い水力発電所の復旧を望みます。
明日は週明けとなります。月曜日以降、産業界の電力需要が増えるころ、お盆の前後に猛暑が重なった場合には夏の計画停電も現実的になりました。
東京電力管内も、これまで産業界、各家庭で行われた節電対策と、「涼しい夏」により多少の余裕がありました。
そのおかげで東北電力に電力を融通することができていますが、冷夏が続くとも限りませんので今後はどうなるか分かりません。
今年と、あと数年の間は夏の節電対策を継続する必要がありそうです。
ところで、節電のありかたについて、例えば「各家庭に15%の節電要請」という文言があったとすると、全ての期間、全ての時間帯で節電を行わなければならないという誤解がありますが、そんなことは決してありません。
冒頭の「一年間の電気の使われ方の推移」のように、月別に電力需要をみると、1年を通しても電気の使われ方に大きな変化があります。
夏と冬に需要のピークが来るのですが、エアコンの普及により、特に夏のピーク増大が著しいことがわかります。
冷暖房需要の少ない春・秋とでは大きな格差が生じています。
さらに一日の電力需要の推移を見ると
(出典:「原子力・エネルギー」図面集 2007 1-21 電気事業連合会資料より引用)
このように、電気の使われ方は昼と夜で大きな差があり、その差はエアコンの普及とともに年々増加傾向があります。
従って、電力需給が逼迫するのは、一日のうち数時間のみです。その数時間が何処に来るかは日によって変化します。
ですから、電力会社より発表される毎日の電気予報でその日の電力消費量が供給量に対しどの程度かを注視して、電力需給逼迫が予想される時間帯に重点的に節電を行えば、それ以外の時間帯は平時の生活でまったく構わないと考えます。
特に夜間の電力供給は余裕があります。
熱帯夜で寝苦しい場合には昨年同様にエアコンを使っても全く問題はないでしょう。
照明を白熱電球→蛍光灯型電球→LEDに換える、節電型の家電に換える、スイッチをこまめに切るといったベースの電力を抑えることと併せて、無理の無い節電を効率的に行うことが大切なことと考えます。
蛇足ですが、電気は、貯めておくことができないエネルギーです。そのため発電所は需要のピーク、最大電力に合わせて設計されます。
広島原爆投下の日から66年目の原爆の日を迎えました。
一瞬のうちに人生を奪われてしまった多くの方々に、そして後遺症により亡くなられた多くの方々に心より哀悼の意を表します。
原子爆弾の脅威を訴える世界遺産、原爆ドームは、フェンスに囲まれていて内部に入ることができません。
その内部の様子が、原爆の日に合せて Googleストリートビューで公開されました。
原爆ドームは、もともとは広島県物産陳列館(後に広島県産業奨励館と改称)として建設されました。
設計はチェコの建築家、ヤン・レツル氏で、建物構造は中央部には5階建てドーム屋根の階段棟、その周囲に3階建ての構造となっていました。
66年前、テニアン島を飛び立った エノラ・ゲイ から広島に投下された原子爆弾は、投下目標の相生橋からわずかに外れ、午前8時15分島病院(現在の島外科)上空約600mで炸裂しました。
爆心地の地表温度は4000℃にも達し、熱風・爆風・放射能により何十万人(原爆死没者名簿掲載数は24万人超)もの命が奪われました。
広島県産業奨励館も一瞬のうちに破壊され、全焼してしまいました。
爆心地から僅か150m、ほぼ真上で原子爆弾が炸裂しながら建物の構造が残されているということは、窓が多い構造のために、いち早く破壊されたドームから吹き抜けた爆風の逃げ場が多く、応力が掛からなかったということによるようです。その代わり、建物周辺部の破損が大きいことが分かります。地面にはレンガが散乱しています。
レンガの積み方は「イギリス積み」ですね。構造的に丈夫なレンガの積み方も、破壊から免れた要因かもしれません。
このような強大な威力をもつ爆弾が、大都市の中心部に落とされ、膨大な数の一般市民が犠牲となりました。
原爆ドームの保存については、戦後まもなく「悲惨な記憶を呼び起こす」から撤去したほうが良いという意見もあり、その中で、急性白血病で亡くなった被爆者である高校生の「あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも、おそるべき原爆のことを後世に訴えかけてくれるだろう」という日記の一文により永久保存が決議されました。
原爆の記憶を後世に伝えることは大切なことです。
記憶を後世に伝えるための一つのプロジェクトとして「Hiroshima Archive|ヒロシマ・アーカイブ」があります。
Google earth を利用して、証言、写真を1945年当時の地図と合せてマッピングしています。
マルチメディアアーカイブを多面的・総合的・視覚的に概観することができるサイトです。
(元安川を挟んで爆心地から原爆ドームを眺める。左写真は原爆投下前、右は投下後の産業奨励館)
広島、長崎に投下された原子爆弾の爆心地、そして原子爆弾の実験場となった「トリニティサイト」の3箇所は、グラウンド・ゼロと呼ばれます。
近年では、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロの目標となった世界貿易センターのあった場所も「グラウンドゼロ」呼ばれるようになりました。
偶然かも知れませんが、Googleストリートビューで原爆ドームの内部が公開された同じ日(2011年8月4日)に、テロで崩壊したニューヨークの世界貿易センタービル跡地の様子が報道陣に公開されました。
ワールドトレードセンター跡地には、現在記念広場の建設が進んでいます。
アメリカ同時多発テロ発生から10年、ワールドトレードセンター跡地の再開発関係者の間では、もう グラウンドゼロ という呼び方をやめようという声が上がっているようです。
グラウンドゼロという名前が、死や破壊や空虚感を想起させるというのが理由です。
ワールドトレードセンター跡地の記念広場は、テロから10年目の今年9月11日に完成となります。
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東日本大震災の影響によって、日本に訪れる外国人の数が依然少ない値で推移しています。
特に、福島第一原子力発電所の事故が完全に収束しておらず、日本に対する安全、安心に対する懸念が残されていることが大きな影響を及ぼしています。
福島県、東北地方のみならず、全国規模で風評被害が広がっている現実も垣間見えます。
旅館・ホテルの被害の概況
福島原発事故に伴う放射能汚染の風評被害が福島県を中心に全国規模で拡大しており、全国各地の旅館・ホテルが大変厳しい経営環境に直面している。
1 福島県の風評被害
・福島県においては、3月12日以降の宿泊はすべてキャンセルされ、観光客ゼロの状態が続いており、長期化が予想されることから、旅館・ホテルの経営が困難な状況にある。
・政府の金融支援策があっても旅館・ホテルがないことから返済計画が立たない状況となっている。
・一日も早い福島原発事故の収束と風評の除去により旅館・ホテルの再生を図る必要がある。
2 福島県近隣での風評被害
・福島原発事故の風評被害は、野菜・牛乳、魚介類の出荷停止のあった北関東(茨城・栃木・群馬等)においても発生しており、宿泊客の減少が大きい。
・茨城県の施設でも、休業となっていたり、5月のゴールデンウイークでさえも売上げが昨年の5割となっている。
・栃木県では風評被害による老舗大手旅館の倒産も発生している。
3 全国的規模での風評被害
・日本は放射能に汚染されているとの風評から訪日外客が全国的にストップした状態が続いている。
・事故当初においては、東京以北の日本が危ないということで外国政府が日本への渡航を注意喚起されたことが訪日外客が少なくなった原因である。
・外客受入中心の旅館・ホテルは4月になっても外客がほとんどなく、休業を余儀なくされたところもある。
・都心においても、4月の売上げが対前年1割から5割に満たないところ、ゴールデンウイークにおいてもが売上げが対前年5割以下といった施設が多い。旅館・ホテルの被害状況
福島原発事故による旅館・ホテルの被害について(平成23年5月23日全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会資料)より引用
福島原発事故の終息に向けた先行きの見えない状況が福島県への旅行を敬遠させており、他の地域が4月と比べてGWの売り上げが回復傾向にある中、福島県や福島県に近いイメージのある茨城県では厳しい状況が続いている。
さらにここ数週間で急速に進行した円高の影響も少なくないでしょう。
実際に日本に訪れる外国人の数がどれほど減少しているのかを日本政府観光局(JNTO)の統計データをもとにグラフにしてみました。
やはり2011年3月11日を境に大きく減少していることが分かります。
日本に訪問する外国人もそうですが、日本から脱出する外国人も加味すると、震災直後に外国人の姿をほとんど見かけなくなったという状況を端的に示しています。
ようやく少しづつ回復基調にあるようですが、それでも、6月になっても主要諸国では
中国:日本各地(深刻な被災地を除く地域)への安全に関する注意喚起、深刻な被災地への訪問自粛勧告
タイ:東北3県からの退避勧告、被災地への渡航延期勧告
カナダ:東北の被災地への旅行回避勧告、福島第一原発から80キロ圏内からの退避勧告
シンガポール:東北3県の沿岸地域への渡航回避勧告、福島第一原発から80キロ圏内への渡航回避勧告、同圏内からの退避勧告
オーストラリア:東北沿岸部への渡航再考勧告、福島第一原発から80キロ圏内からの退避勧告
イギリス:東北などへの渡航自粛勧告、福島第一原発から60キロ圏内からの退避勧告、東京以東のイギリス人在住者への注意勧告
韓国:福島県全域、岩手県・宮城県の各沿岸地域への渡航自粛勧告、福島第一原発から80キロ圏内からの退避勧告
フランス:東北1県、関東2県への観光自粛勧告、福島県への渡航自粛勧告、福島第一原発から40キロ圏内からの退避勧告
ドイツ:福島第一原発から30キロ圏内および隣接の1市、2村からの退避勧告
香港:東北3県、関東1県への渡航注意勧告、福島第一原発から80キロ圏内への渡航延期勧告
台湾:福島県からの退避勧告
アメリカ:福島第一原発から80キロ圏内からの退避勧告
日本政府観光局(JNTO)の2011年 6月推計値 11年4月暫定値 (平成23年7月14日発表)より引用
といったさまざまな制限が続けられています。
信頼を回復するまでにはまだまだ時間が掛かりそうです。
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もっと身近な例を出してみます。
個人的に、二年前から外国の方が日本で暮らしやすい場を提供するために、浅草でゲストハウスを運営しています。
⇒ 下町にゲストハウス構築中
⇒ ゲストハウス下町にオープン
私が運営しているゲストハウスには6部屋あり、その入居率の推移を見ても概ね日本政府観光局(JNTO)の統計データと合致します。 ![]()
東日本大震災直後は、入居者のキャンセルが相次ぎ、新規入居者もほとんど無い状態でした。
ようやく、夏になって入居者は上向いています。しかし長期滞在者の割合が少なくなっていることを実感しています。
風評を吹き飛ばす、ゲストハウスの取り組みをご紹介します。
ゲストハウス発“正しい情報を海外へ ” NHKニュースおはよう日本 2011年6月3日 放送
#smile_japanプロジェクトは日本各地の宿泊施設からお客さんの笑顔の写真を届けることで、海外で過剰な報道がなされがちな日本の本当の状況、そして「私たちは大丈夫!」というメッセージを世界中に伝える活動です。
ホステル、ホテル、ゲストハウス、旅館など全ての宿泊施設の参加を歓迎いたします。
⇒NHKのニュース映像はこちら
食に関しても、観光に関しても、居住に関しても、日本に対する安全、安心に対する信頼が回復していくためには長い時間がかかるかも知れません。
地道な道のりですが、着実に出来る活動を進めていきましょう!
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17日(日本時間18日)、女子ワールドカップ決勝がドイツのフランクフルトで行われ、なでしこジャパンがアメリカと対戦した。
初の決勝を戦う日本は、これまで勝利したことのないアメリカを相手に、序盤から決定的なチャンスを作られる。しかし、アメリカは決定機を決めきれず、日本は最後のシーンで守備陣が踏ん張りを見せると、徐々に持ち前のパス回しを展開。大野忍と安藤梢のコンビネーションからアメリカを崩す場面も見られた。
だがアメリカは後半も再三チャンスを作ると69分、カウンターからアレックス・モーガンが決めて待望の先制点を奪う。
後がない日本は途中出場の丸山桂里奈と永里優季が前線から積極的にボールを追うと、右サイドにポジションを移していた川澄奈穂美がボールをカット。パスを受けた永里がクロスボールを丸山へと送り、こぼれ球を宮間あやが押し込んで日本は同点に追いついた。
その後、互いにチャンスを作り出したものの、90分では決着がつかず、勝負は延長戦へ。
そして104分、アメリカは左サイドを崩すと、クロスボールにアビー・ワンバックが頭で合わせて勝ち越しに成功する。しかし日本は117分、宮間のCKに澤穂希が合わせて同点に追いつき、120分間では決着がつかずにPK戦へ突入する。
PK戦では海堀あゆみが3人連続でシュートをストップ。一方、日本は4人が蹴って3人が成功し、女子ワールドカップで初優勝を果たしている。また、澤は通算5得点で、大会単独得点王に輝いている。
(Yahoo!ニュース2011年7月18日)
不屈のなでしこ、観客魅了=ドイツ人も総立ちで応援-サッカー女子W杯
何度引き離されても食らい付くなでしこジャパンには、日本人だけでなくスタジアム全体が魅了された。試合が進むにつれて日本への声援が大きくなり、日本が1点を追う展開となった延長後半からはドイツ人も含めた観客の大半が総立ちで日本を応援。PK戦で勝利を決めると、選手らはピッチで抱き合い、スタンドでは日本人とドイツ人が抱き合って喜びを爆発させる姿も見られた。
表彰式で、主将のMF沢穂希選手がトロフィーを高々と持ち上げた瞬間、スタジアム全体から大歓声が沸き起こり、金色の紙吹雪が舞った。周りの選手たちも笑顔で跳びはねた。
この日の観客は約4万9000人と満員。多くの日本人がスタジアムに駆け付け、「ニッポン!ニッポン!」と声を張り上げて応援し、延長戦終了間際の沢選手の同点ゴールには、地鳴りのような歓声が響き渡った。
試合後、日本イレブンが東日本大震災に対する各国からの復興支援への謝意を示す「世界の友人たち、支援をありがとう」と英語で書かれた横断幕を持ってスタジアムを一周。観客から惜しみない拍手が送られた。
(フランクフルト時事2011/07/18)
なでしこJAPAN
優勝おめでとうございます!
予選リーグB
6月27日 ○2-1 ニュージーランド
7月1日 ○4-0 メキシコ
7月5日 ×0-2 イングランド
準々決勝
7月9日 ○1-0 ドイツ
準決勝
7月13日 ○3-1 スウェーデン
決勝
7月17日 ○2-2 アメリカ (PK戦3-1)
ドイツ・フランクフルトで行われた決勝戦はこれまで勝ったことの無いFIFAランキング1位のアメリカとの対戦となりました。
前半は0対0のまま後半戦へ。
後半アメリカ・モーガンに強烈なシュートで1点を奪われましたが、宮間の同点ゴールで延長戦へ。
延長戦もアメリカに先制されるも、延長後半の澤の見事なゴールで再び同点に追いつきます。
PK戦はGKの海堀がアメリカ1人目のボックスを止め、2人目ロイドも枠を外し3人目のヒースも止めて2-0に。日本4人目の熊谷が決めてPK戦を3-1で見事優勝を決めました!
本当におめでとうございます。
「もうなんか信じられないです。みんな最後まであきらめず、戦った結果が、このような結果だと思います。自分自身も最後まで走り続けましたし、全力を出し切りました。ずっと世界一を目標に戦ってきたので、今日の現実が受け止められないですけど、うれしいです。(ワールドカップ出場は)5回目にしてしっかり結果を残せました。応援ありがとうございました。皆さんの応援が励みになりました。金メダル持って帰ります!」
「日本は傷つき、あまりにたくさんの人が影響を受けました。私たちはそれを変えられないけれども、日本は復活しつつあります。今回は、日本は決してがんばるのを止めないと、国の代表として示すチャンスでした。まるで夢のようで、この経験を日本が一緒に分かち合ってくれればといいと思います」
(澤選手のコメント)
有難うございます!!!
ギャルも坊主もアゲアゲ↑になる盆踊りを見逃すな!
神奈川県横浜市鶴見にある總持寺といえば、曹洞宗の大本山として知られる立派なお寺。故石原裕次郎氏のお墓があることでも有名だ。
しかしその總持寺、この季節にはまたちょっと違ったことで話題になるのである。
それは今年は7月中旬に、同寺境内でで行われる「み霊祭り」にある。み霊祭りとは、いわゆる「盆踊り大会」なのだが、ここのそれはちょっと……いや、かなり違う。
地元出身の元ギャルは言う。
「高校生くらいまでは鉄板で毎年行ってた。なにしろここの盆踊りは超盛り上がるんすよ。まずライティングなんですけど、あたしはここの盆踊りが子供の頃から普通だったからみんなそうかと思ってたんだけど、クラブみたいにレーザーばりに色とりどりのライティングで超派手なんす。あとスモークマシンとかもあるし、サウンドシステムもかなりデカイっす」
ライティング? スモークマシン? サウンドシステム??? いったいどんな盆踊りなのか?
「超盛り上がるアンセムになってるのは”一休さん”。盛り上がってくると3曲に一回の割合で一休さんが入るし、最終日の最後のほうなんか”アンコール!”の合唱でぶっ続けで一休さんなんてこともありますよ。で、若い坊主がステージ上から観客をロックするんですよ。これも中には坊主界のZEEBRAさんみたいな、MC的に上手な坊主だともうかなりヤバいっす」
もうまったく意味がわからない……という人のために、その「超ヤバい」盆踊りがこれだ!
◆「ラップソロ~総持寺盆踊り大会2007~」
◆「2010/7/19 総持寺 盆踊り大会 一休さんで大盛り上がり」
◆「2010夏 一休 ラストライブ」
◆「Rock’n一休さん!~総持寺盆踊り大会~」
(※ 上の動画は一般の方々が撮影された動画です)
それにしても、一休さんといえば臨済宗のお坊さんで、曹洞宗ではないのだが……。
当の總持寺に電話をしてみたが「特にそうした文献を残していないので、なぜ一休さんなのか、いつごろ盆踊りで流すようになったのかなどはわかる人がいない」とのこと。
話を聞いた地元の元ギャルは子供の頃から流れていたというので、二十年近く前から定番だったと思われる。
地元に根づき、こんなにも愛され、盛り上がる盆踊り。
今年は7月17~19日までの3日間開催される。
今年の夏は“一休さん”でロックされに行ってみるのも一興だ。
(日刊SPA! 2011.07.09 ニュース)
いつかは、こんな形の記事がどこかの雑誌に掲載されるのではないかと思っていましたが、やはり。
曹洞宗大本山總持寺(横浜市鶴見区)で伝統的に行われている「み魂まつり」いわゆる盆踊りの紹介記事です。
主催の三松会(さんしょうかい)諸師の継続的な努力によって、年々盛り上がっています。
櫓の上に登って踊りのリードをとる「踊り係(おどりけい)」は、この日に備えて準備、練習を余念無く行います。
その伝統は今も昔も変わらず。
特に、總持寺は棚経のほとんどが7月盆のため、7月13から15日あたりに行われる棚経廻りが一段落し、そのこともも、大変な盛り上がりの一因といえるでしょう。
また、今年は御移転(總持寺が能登から横浜に移ってから)100年の年に当たり、記念行事も予定されています。
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■追記
タナカカツキ先生振付けの一休さん音頭。
(ブログ記事本文とはマッタク関係アリマセン)
東日本大震災:肉牛セシウム汚染 検査体制見直し 区域拡大など--厚労省方針
◇都内の牛肉650ベクレル
福島県浅川町の畜産農家から、高濃度の放射性セシウムを含む稲わらを餌として与えられていた肉牛が関東などに出荷されていた問題を受け、厚生労働省は15日、計画的避難区域と緊急時避難準備区域から出荷される肉牛の全頭検査方針を見直し、両区域外の肉牛の安全性も確保する観点から検査体制を再検討する方針を決めた。また、東京都は都内の業者に販売された肉牛1頭から1キロ当たり650ベクレル(暫定規制値500ベクレル)の放射性セシウムが検出されたと発表した。
浅川町は東電福島第1原発から約60キロ離れ、県が実施している出荷時の放射性物質検査(スクリーニング検査)の対象外だった。安全性を担保したうえで出荷を続けるには、検査体制の見直しが不可欠と判断した。
同日午前の閣議後会見で、細川律夫厚生労働相が「福島県では原発事故後、既に県外に移動した牛もいる。全頭的な検査や区域も含め、県、農林水産省と検討している」などと話した。
ただし厚労省によると、全頭検査を県内全域に拡大するには、食肉処理場の処理能力や放射性物質の検査体制が今のままでは不十分という。
福島県は、生きたまま出荷する肉牛については出荷先の自治体で検査できないか打診しているが、多くの自治体が果物や野菜など地元産の食品の検査に追われ、協力を得るのは困難な見通し。
このため、政府内では原子力災害対策特別措置法に基づき福島産の肉牛の出荷停止を指示する案なども浮上しているが、畜産農家の反発が予想され、調整は難航が予想される。
福島県によると、区域外の浅川町の放射線量は、浅川町役場で毎時0・17マイクロシーベルト。稲わらを提供した農家がある白河市(白河合同庁舎駐車場)は同0・49マイクロシーベルトで、出荷された42頭はスクリーニング検査を受けていなかった。
(毎日新聞 2011年7月15日)
高濃度の放射性セシウムを含む稲わらを餌として与えられていた肉牛による食肉が全国各地に流通し消費されてしまった、いわゆる「セシウム牛」の問題が深刻化しています。
その原因の発端となった基準値を超える放射能をもつ稲わらは、福島県の一部だけでなく、宮城県の一部地域でも見つかっています。
そもそも、原子力発電所の炉心溶融事故による放射性セシウムの拡散は、震災直後から一部報道機関で報道されていましたが、その後暫くの間はぱったりとそのニュースが無くなりました。
政府は炉心溶融の事実も、放射性物質拡散の事実も周知していたはずですが、報道規制をかけ、ひたすら安全性をアピール続けました。
東日本大震災発生翌日に書いたブログ記事を改めて引用します。
原子力発電所炉心溶融か (2011年3月12日のブログより)東京電力福島第1原発の1号機で炉心溶融の可能性があるという発表がなされました。
仮に炉心溶融(メルトダウン)が進み、制御不能となると、計り知れない甚大な被害が想定されます。
その事態だけは何としても避けていただきたいものです。(中略)今回の大震災のように沿岸部に多発的に発生し、しかも津波を伴うような甚大な災害の場合、それこそ「想定外」の事態を引き起こします。
原子力発電では様々なレベルの事故を想定していますが、そのうちの最悪の事態が炉心溶融(メルトダウン)です。
これは、原子炉の温度制御が出来ず、温度が上がりすぎ、燃料棒が溶融して流れ出してしまう現象です。膨大なエネルギーのために原子炉が破損してしまいます。
温度制御を行うための冷却水が失われて炉心の水位が下がるため、燃料棒が水面上に露出してしまうことが原因です。
何故炉心溶融が最悪の事故となるかというと、燃料のウランが核分裂して発生する「死の灰」Cs-137(セシウム137)が拡散してしまうからです。
セシウム137は、人体に取り込まれやすく癌の原因となる物質です。
しかも、半減期は30年もあり、土や農作物に入ってしまうと、除去することが困難で、食物を通した体内被曝を引き起こします。
現在、福島県各所から東京にかけて観測されている放射性物質は、主に3号機爆発などによる使用済み核燃料の拡散によるものだ仮定すると、今後新たな爆発さえ無ければ原発から30キロ圏外への新たな拡散はそれほど心配でなく、徐々に低下していくのではないかと考えます。
この楽観的な仮定が正しいとすると、まずは土壌表層に積もった放射性物質を早期に除去し、また放射性物質のモニタリングを緻密に行い、風評被害を最小限に留めることが必要でしょう。
このことを踏まえて、今回の「セシウム牛」を検証すると、原子力発電所の炉心溶融事故後の対応が全く適切に行われてこなかったことが事態を悪い方向に導いていることがわかります。
放射性セシウムをはじめ、放射性物質は決して均等に拡散するわけではありません。
それは、部分的に濃く、それ以外の部分では薄くというように「まだら」状に広がります。
その大部分は3月12日から15日にかけて拡散されたものであり、それ以降は幸いにも新たな爆発は無く、精々ベント操作による微小の放出に抑えられています。
屋外にあった稲わらに付着することも、影響の一つとして容易に想定されたことです。
したがって、3月後半からは、「徹底的にきめ細やかな放射性物質のモニタリングを緻密に行うこと」、そして、その結果に基づき、「土壌表層に積もった放射性物質を早期に除去すること」、「汚染された場所にかかわる農作物、畜産物にかかわる食材を明確に提示すること」「汚染された場所にかかわる農作物、畜産物への放射性物質の検査体制を万全に整える」ということを行うべきでした。
本来は政府が率先して行うべき対策を、この4ヶ月間、全くといって良いほど行なってこなかったことが、今回の「セシウム牛」の事態を引き起こしています。
冒頭の新聞記事に下線を付けさせていただきました。
まずは、
(1)厚労省によると、全頭検査を県内全域に拡大するには、食肉処理場の処理能力や放射性物質の検査体制が今のままでは不十分という
多くの自治体が果物や野菜など地元産の食品の検査に追われ、協力を得るのは困難
→今から検査体制を整えるのはあまりにも遅すぎます。4ヶ月前からこのような事態は予測されていることです。事故発生直後から稲わら、出荷肉牛の検査体制を準備していればこのようなことになならなかったでしょう。
(2)政府内では原子力災害対策特別措置法に基づき福島産の肉牛の出荷停止を指示する案なども浮上している
→結果的に、安全と思われる地域から出荷できるはずの肉牛まで出荷停止を余儀なくされそうです。福島産の肉牛全て出荷停止、これは大きな打撃です。
また、世界的視野に立てば、日本産の農作物・畜産物全てに亘り風評被害がさらに拡大する懸念もあります。
今後は、稲わらだけでなく、さまざまな食材から「放射性物質が検出された」という報道が続くことでしょう。
継続的に汚染水が海洋や地下水に拡散していることを考慮すれば、海産物からの放射性物質検出も今後何年も続くことでしょう。
残念なことですが、それは被害が広がっているのではなく、全体的な被害をようやく部分的に把握出来はじめているということでもあります。
「徹底的にきめ細やかな(数メートル単位の)放射性物質のモニタリングを緻密に行うこと」
これは、時既に遅しという感がありますが、今からでも早急に行って欲しいものです。
暗いニュースばかり書くと気がめいるのですが、今回のセシウム牛報道の中で、食肉の流通がある程度詳細に判かるということは、実は凄いことであるといえます。
例えば、東京都食肉処理場で処理される牛は、1日300から400頭ほど。その膨大な食肉の中から、特定の農家の出荷した肉が特定され、追跡できるシステムが整っているということです。
これは、元々はBSE対策として生産者から消費者までの履歴を牛の個体識別番号で管理され、例えば、消費者はスーパー店頭に並ぶパッケージのシールからどのような牛の肉かを確認することが可能です。
従って、万一放射し物質に汚染された肉牛が出荷された場合でも、早急に適切な処置を行えば、影響を最低限に抑え、適切に調査する手段は整備されています。
ですから、「汚染された場所にかかわる農作物、畜産物への放射性物質の検査体制を万全に整える」ことと併せて、この流通システムを活用することによって初めて、安全安心な食材が消費者に届く体制が整えられるといえます。
福島県全域の農作物、畜産物出荷を全て停止するなどという馬鹿げた対応を考える前に行うべきことはたくさんあるといえます。
今回のセシウム牛の一件で、管理対応の拙さにより、放射性物質に汚染された食材が出荷されてしまうことが改めて分かりました。
同時に、その他の大部分の農作物、畜産物については、基準値を超えない、いわゆる安全であるという結果が出ているという事実を忘れてはいけません。
放射性物質は目には見えないがゆえに、恐ろしいと感じがちですが、きちんと理解し、適切に管理しながら農作物、畜産物の生産をを行うことは十分に可能であるといえそうです。
消費者の信頼を取り戻すためにも、そして風評被害を最小限に留めるためにも、是非お願いしたいことです。
福島第一原子力発電所の事故は、各方面に影響を与えています。
福島第一原子力発電所で事故が発生した直後の2011年3月27日、ドイツ南西部バーデン・ビュルテンベルク州で州議会選挙が行なわれました。
争点となったのは、やはりドイツ国内の原子力発電所の安全性。
この選挙で、脱原発を掲げる同盟90/緑の党(Bündnis 90/Die Grünen:以下緑の党と表記)が大躍進を遂げたニュースは記憶に新しいところです。
緑の党の得票率は24.2%で前回選挙に比べてほぼ倍増、得票率23.1%の社会民主党(SPD)と合せて過半数の議席を獲得し、緑の党による連立政権による初の政権交代となり、州首相には、緑の党の州議会議員団長ウィンフリート・クレッチュマン氏が選出されました。
せっかく渦中のバーデン・ビュルテンベルク州の州都、シュトゥットガルトを訪問する機会を得たので、中央駅周辺を歩いてみました。
このように駅前のフェンスには、反原発、再開発反対のメッセージが多数掲げられています。
緑の党が ドイツキリスト教民主同盟(CDU) を押さえ勝利をもたらした主な原因は、反原発の他に、もう一点、 シュトゥットガルトの再開発計画 Stuttgart21への「待った」が挙げられます。
この再開発計画は、シュトュットガルト中央駅を地下化して、駅周辺の交通網を大改造することが主軸となっています。
現在のシュトュットガルト中央駅は、喩えるなら一昔前の上野駅のように終着駅の構造となっています。
これを、地下化して、反対方向にも路線を延長し、周囲の交通網とリンクさせること、地上には大規模な再開発ビルを建設する計画でした。
この再開発計画は1988年に Gerhard Heimerl氏により提唱され、2010年には工事がスタートしました。
しかし、緑の党の連立政権が誕生したことにより、2011年3月29日には工事は中断を余儀なくされます。
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(左)駅前再開発工事現場を望む
(右)駅前に積まれたままのコンクリート廃材・・・その工事フェンスの様子が冒頭の写真です。
この再開発を巡っては、大規模なデモや対立が度々繰り返されています。
私たちがシュトゥットガルトに到着した一週間前にも、デモが駅前で行われていたそうです。
メルケル首相は、原発稼働年数の延長を目論んでいたはずですが、脱原発を掲げる緑の党が大躍進を遂げたこともあり、反原発への方向転換を余儀なくされました。
まさに、「フクシマがすべてを変えた」ということなのでしょう。
ドイツでは、脱原発法がついに成立しました。
これにより脱原発の動きが確固たるものになりました。
ドイツ:脱原発法が成立 国内17基、順次停止へ
ドイツ連邦参議院(上院)は8日、2022年までに国内17基の原発を停止する改正原子力法案に同意した。既に連邦議会(下院)が先月30日に可決しており、これで正式に「脱原発」が法的に成立した。福島第1原発の事故後、運転を停止している旧式の8基はこのまま閉鎖する。残る9基については、15、17、19年に各1基、21、22年に各3基を順次停止していく。
(毎日新聞 2011年7月8日 20時40分)
吸着塔の高線量原因を調査=東電「初期トラブル」-汚染水浄化停止・福島第1
福島第1原発の高濃度放射能汚染水処理システムが本格運転から間もなく停止した問題で、東京電力は18日、セシウム吸着塔の表面線量が高くなり、1カ月とみていた交換水準に5時間で達した原因の調査を始めた。
1~4号機などの地下には原子炉から漏れた高濃度汚染水が推定で約11万トンあり、東電は空いている設備に移送している。あと1週間から10日で汚染水の水位が上昇して地下水や海に流出する恐れがあり、それまでに処理システムの運転を再開させる方針。
東電によると、稼働5時間で処理できた汚染水は約75トンにとどまった。除染の程度は不明という。東電の松本純一原子力・立地本部長代理は記者会見で「一刻も早く本格運転して汚染水の水位を下げる必要があるが、最初から完璧に作動するほど容易ではない。初期トラブルをつぶしている段階だ」と話した。
(時事通信 2011/06/18-20:57)
原発利権が事故処理にまで及んでいるのかとうんざりさせられるニュースです。
福島第一原子力発電所で実施されている汚染水処理システムは
(1)油分離装置(東芝)
(2)セシウム吸着装置(米キュリオン社)
(3)除染装置(アレバ社)
(4)淡水化装置(日立など)
から構成されています。
システム全体には数兆円規模の投資がなされ、予定では1日1200立米の汚染水を処理するはずでした。
処理費用は、1リットル当たり210円。
処理しなければならない汚染水は2011年末までに250,000立米発生すると見込まれますので、処理費用は今年だけで530億円ほど掛かります 。
しかし、1ヶ月持つと考えられていたセシウム吸着塔が僅か5時間、処理量75立米で交換基準に達してしまい、運用停止に追い込まれています。
お粗末極まりない話ですし、直ぐに停止することを知っていながら確信犯的に運用を強硬したのではないかとも勘ぐりたくなります。
もし、セシウム吸着塔の交換が予定よりもかなり頻度を増やさなければならないとしたら、処理費用はその分嵩んでいきます。
気がついたら処理費用がさらに何千億円、あるいは何兆円にも及んでいた、なんてことにもなりかねません。
それ以前に処理すらできずに海洋に垂れ流しとなるのでしょうか。
そもそも、何故除染に関して日本の技術を使わずに米・キュリオン社やフランス・アレバ社のものを使うのでしょうか。
以前書いた 濃紺の化合物が日本を救う のブログ記事では、東京工業大原子炉工学研究所長の有冨正憲教授が開発した除染装置を紹介しました。
そのブログ記事では、ピンチをチャンスに変える期待を込めた蛇足として、「もしもこの汚染水処理技術により汚染水問題を克服し、技術確立ができた場合は、日本は逆にこの技術を通して核汚染で苦しむ他の世界各地を救うことにも繋がるはずです。そのような期待も込めて、問題解決に歩みを進めることができる対策が着実に進むことを節に望みます。」と結びました。
この他、金沢大学の太田富久教授も、アレバのシステムより20倍早く除染できる画期的な技術開発も成し遂げています。
2ヶ月前の報道を引用します。
化学者が「福島原発の汚染水を浄化できる粉末を開発」
仏原子力大手アレバが福島第1原子力発電所の放射性物質を含む汚染水の処理システムを提供することになり、これまで復旧作業の妨げとなっていた問題の解消が見込まれる。しかし、ある日本の化学者は、汚染水の除染が可能とされる粉末を1カ月足らずで開発したと発表。この粉末を使った場合、アレバのシステムより20倍早く除染できる可能性があり、そうなれば、最終的な目標である原子炉の安定的冷温停止に向けた作業が大幅に加速する。
この粉末を開発したのは金沢大学の太田富久教授。同教授によると、天然の鉱物と化学物質を混合した白い粉末は、汚染水に溶けた放射性物質を捕まえて沈殿させるという。1000トンの汚染水の場合では1時間で処理できる。一方、アレバの処理システムによる放射性物質の除去は1時間当たり50トンの汚染水。
太田教授は20日のインタビューで、沈殿のスピードが全く違うので、非常に早い処理ができる方法だと語った。この技術は汚染処理を専門とするクマケン工業(秋田県)と共同で開発されたものだ。同社は2008年以来、太田教授の開発した粉末を利用している。
太田教授は1週間ほど前、この放射性物質除去粉末の開発を完了した際、東電と政府に連絡し、現在も協議が続いているという。この件に関して東電と政府のいずれからもコメントは得られなかった。
同教授はアレバのシステムとの差について、化学構造の違いを理由に挙げているが、アレバによる処理について詳細を得ていないことから、それ以上の推測はできないとしている。同教授の技術は実験段階では実証済みであるが、実際に工業応用として利用されたことはない。
太田教授の技術では、汚染水中の放射性物質は粉末に吸着された後に沈殿していく。そして濁った部分の放射性物質は水と分離し、容器の底に堆積する。分離した上澄み水は透明だ。実験では、放射性ではないセシウムを1~10ppmの濃度で溶かした水100ミリリットルに粉末を1.5グラムを入れた。(福島第1原発での放射性物質の濃度は約10ppm。太田教授の開発した粉末は100ppmの濃度まで処理可能だという。)同教授によると、この浄化処理は10分で完了した。さらに数千トンの水を同時に処理する場合でも10分を大幅に超えることはないということだ。
太田教授は、放射物質をほぼ100%除去できると見ている。
太田教授の考えでは、アレバが採用したような汚染水処理施設が数カ所建設され次第、今回開発された粉末はすぐにでも福島原発での汚染水処理に利用できる可能性がある。実験では放射性物質が使われなかったが、化学的な性質は同じなので、実際に放射性物質の除去に使われた場合でも同じ結果が出ると、同教授は胸を張る。
この粉末の開発期間は1カ月足らずと非常早かった。ベースとなったのは、通常は工場付近で見つかる産業汚染物や金属汚染物の混じった汚染水を除染するために開発された類似粉末だ。太田教授はこの凝集剤の考案を6年前に始めた。マグネシウム、鉄、コバルトなどの重金属向けであったため、その化学成分は、放射性同位体のヨウ素、セシウム、ストロンチウム、プルトニウムにも応用できた。そして、同教授はこの凝集剤を微調整して今回発表した粉末を開発した。同教授は特許を理由に、正確な配合について開示しなかったが、原料は簡単に手に入リ、また供給量も豊富であると述べた。
太田教授はこれまで天然物質と環境汚染を専門に取り組んできたため、開発した製品が原発汚染で活用できるとは思っていなかったと語った。
(Japan Real Time 2011/4/22)
このような素晴らしい技術を、政府も東電も利用することすら検討していないようです。
何故、汚染水の浄化装置に海外メーカーのものを使わなければならないのでしょうか。
確実に運用できる信頼性の高いシステムであるのならば、まだ我慢できます。
しかし、運用に至るまでの数々のトラブル、そして、ようやく本格運用が始まったと思ったら僅か数時間での運転停止。
なんとも情けないことです。
脱塩系のシステムを見ても、日本には日揮など、世界に誇る技術をもつ日本企業は多くあります。
しかし、日本の技術によって汚染水問題を克服し、放射性物質除染の技術確立を図るという将来に向けた淡い期待は、幻想に終わりそうです。
震災復興に係る仮設住宅も、日本企業ではなく、そのほとんどを韓国や中国企業が高額で請け負ったという報道もあり、それが事実であれば政府は本当に日本を復興させる気があるのか、疑問に感じることだらけです。
【起動 大震災から3カ月】(上)100日目の供養 「区切り」前へ進むため
遺体安置所となった屋内ゲートボール場で、宮城県気仙沼市の元会社員、熊谷勝彦さん(67)は掲示を目で追っていた。東日本大震災から3カ月を迎えた今も毎日、行方の知れぬ妻を捜して安置所へ通う。妻の知子さん(65)は海沿いの実家へ帰っていて大津波にのまれた。編み物や、花を育てることが好きだった。庭には菊が10鉢ほど残されている。
「ここへ来ても無駄のようだけど、自分が確認せねばと思い、来てしまう」
市内の死者は973人、行方不明者は477人。気仙沼署によると、新たに見つかる遺体は1日1、2体にまで減った。警察署も被災し、笹原隆二副署長はプレハブの仮庁舎で「3カ月ですよ。見つかっても白骨化している」と話した。
11日からは、不明者の家族へ遺族年金や労災保険の遺族補償が支給される。5月に成立した特別財政援助・助成法により、家族から申請があれば、不明者を11日をもって死亡したとみなす「3カ月推定」が適用されるためだ。市町村は3カ月で不明者を死亡とみなし家族へ災害弔慰金を支給する。
熊谷さんは、白い野の花が咲く安置所で訴えた。
「親類もよかれと思って葬式の話をしてくる。世間的にはどこかで線引きしないといけないのも分かる。でも3カ月でと言われても心は区切れない。さみしさ、苦しさは途切れない」
■三陸津波の犠牲者も
震災による死者と不明者の周りには何倍もの家族がいる。友人、知人がいる。
気仙沼市北端の半島部、リアス式海岸の入り江にある浜の集落で家を流され、避難所で暮らす鮮魚移動販売業、佐々木政春さん(64)は「知人の携帯へ電話をかけるのが怖い。本人が生きていて電話に出ても、奥さんや子供が亡くなったり、行方不明だったりしたら、『よかったね』とは言えない。まず共通の知人へ安否を確かめてから本人へかけるようになった」と話す。
3カ月が経過したからといって、気持ちの整理がつくわけではない。悲しみや不安が押し寄せ、心を激しく揺さぶる。ただ、そうした中でも「区切り」を意識しはじめた人々はいる。
半島部では今月19日、中心部にある寺で「御施餓鬼(おせがき)」と呼ばれる法要が行われる。震災から百か日の節目として営まれるという。
御施餓鬼は、この地方では、漁船の海難事故で死んだり、行方不明になったりした漁師らを供養する儀礼だ。浜に祭壇を組むことが習いだが、今回は人数が多く、寺で合同で行うことになった。「平成23年3月11日精霊」をはじめ明治29年と昭和8年の三陸津波の犠牲者らも併せて供養する。
なぜ百か日なのか。高台の避難所で、浜の古老たちは口々に言った。
「海の者は昔からそうやってきた。3カ月もたつと見つからないし、見つかっても確認できない。だから百か日をめどにする。前に進もうとするためには何らかの区切りが必要になる。ご家族には申し訳ねえが、それであきらめてもらう」
■もう泣いた顔見せない
合同法要に先立つ11日、避難所で百か日供養を営み、集落として不明者を「故人」とする浜もある。
浜では16人が津波に流され、9人が遺体で見つかった。集会所で避難生活を送る主婦、村上あや子さん(69)は震災1カ月の4月11日、長机を2つ合わせて白いシートをかぶせた仮の祭壇をこしらえ、菊の花や果物、だんご、茶菓子などを供えた。この2カ月、毎朝6時に祭壇を海を見下ろす場所へ移し、お経を上げて死者を供養した。鐘を鳴らして不明者の名を唱えた。鐘の音に不明者が呼び寄せられるのだという。
「早く上がってください。早く上がってください…」
いまだ行方不明の7人の中に、中学2年と小学6年の子供を残した玉川恵さん(38)がいる。誰にでも優しく、責任感の強い女性だったという。
恵さんと親しかった主婦、鈴木富美さん(37)は「ご家族はあきらめきれないと思うし、私もあきらめられない。思いだすとつらい」と話し、エプロンのすそを握りしめて、こう続けた。
「でも、それではいつまでも前に進めない。恵さんの子供たちにも、私たちが泣いている顔をいつまでも見せられない。区切りをつけることは決して、恵さんを忘れることではない」
(産経新聞 6月11日)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110611-00000121-san-soci
本日、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)発生から100日目を迎えます。
改めて犠牲となられた方々に弔意を表します。
法律は無情ですね。「3カ月推定」や「3カ月相続放棄の申述」など、淡々と事務手続きが行われていきます。
以前、ブログ記事 年回法要にまつわるお話 で書いたように、年回法要のうち、100日目に営まれる法要のことを卒哭忌(そっこくき)とも言います。
文字通り、哭(な)くことを卒(お)さめる忌日の意味があります。
東日本大震災では、未だに8000人を超える生死不明の方々がいらっしゃいます。
そして、震災でお亡くなりになられた方々、不明者の周囲には、その何倍もの家族、親類、知人・・・がいらっしゃいます。
被害の甚大さを鑑みるに、卒哭の意を素直に受けることができない方もまだ多いことと存じます。
被災地から離れた場所にいる者としては、ただただ震災で犠牲となられた方々に弔意を表し一日も早い復興を願いたいと思います。
横浜市南区のS寺に有志僧侶が集まり東日本大震災物故者卒哭忌法要を営みました。
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追記:貞昌院の前を通る永谷川の護岸も、東日本大震災により崩れてしまい、現在も修復工事が続けられています。
幅広い範囲で大きな被害が出でいることを実感します。
水道が都市の動脈であるのならば、下水道は静脈に喩えられます。
静脈が生物の各組織が排出した老廃物や二酸化炭素を肺や腎臓に送るのと同様に、人間の生活や産業活動で生じたさまざまな排出物を処理施設に送り、水を浄化させます。
汚水を浄化する工程では、汚れが分離されるわけですから、当然、汚れを集めた「汚泥」が溜まっていきます。
それを脱水処理したり、焼却したりして、濃縮したうえ様々な利用をしています。
下水道の汚泥というと、単なる産業廃棄物のように思えるかもしれませんが、そんなことは無く
下水汚泥の約40%はセメントの原料として
2割強はタイルやレンガなどの建築資材として
1割強が肥料などの原料として活用され、実に8割程度が再利用されて、その売却益は自治体の収入として還元されています。
ところが、福島第一原子力発電所の事故以来、濃縮汚泥から高濃度の放射性物質が検出されるようになりました。
広範囲に撒き散らされた放射性物質が、下水道を通して集められたのでしょう。
下水道の汚泥は、今後再利用され自治体の収入源になるどころか、莫大な放射性物質処理費用がかり、廃棄する目処すら立たない厄介者になってしまいました。
さらに、高濃度に濃縮された放射性物質により、下水道水処理施設で働く方々への放射線の影響が心配されます。
東京都下水道局では各水再生センター及びスラッジプラントの脱水汚泥及び汚泥焼却灰に含まれる放射能の詳細な測定結果並びに施設周辺の空間放射線量の測定結果を公表していますので、どのくらいの値が出ているかを見てみましょう。
■放射能量測定結果
脱水汚泥 試料採取日 平成23年5月10日~12日 単位:Bq/kg
| 施 設 名 | 放射性ヨウ素131 | 放射性セシウム134 | 放射性セシウム137 |
| 東部スラッジプラント 江東区新砂) | 110 | 6,700 | 7,700 |
| 葛西水再生センター(江戸川区臨海町) | 不検出 | 22,000 | 24,000 |
| みやぎ水再生センター(足立区宮城) | 不検出 | 6,800 | 7,500 |
| 新河岸水再生センター(板橋区新河岸) | 不検出 | 5,400 | 6,200 |
| 南部スラッジプラント(大田区城南島) | 不検出 | 4,900 | 5,600 |
| 北多摩一号水再生センター(府中市小柳町) | 不検出 | 5,300 | 4,600 |
| 南多摩水再生センター(稲城市大丸) | 不検出 | 1,200 | 1,100 |
| 北多摩二号水再生センター(国立市泉) | 不検出 | 7,800 | 7,000 |
| 浅川水再生センター(日野市石田) | 不検出 | 2,000 | 1,800 |
| 多摩川上流水再生センター(昭島市宮沢町) | 不検出 | 2,500 | 2,000 |
| 八王子水再生センター(八王子市小宮町) | 不検出 | 2,500 | 2,200 |
| 清瀬水再生センター(清瀬市下宿) | 100 | 1,500 | 1,400 |
東京の北東部ではかなり高い数値が出ています。
3月には、170,000 Bq/kg などという数値もありました。
福島県内の処理場では恒常的に 50万 Bq/kg 程度の数値が出ています。
ちなみに、2009年の全国水準は 65 Bq/kg 程度。単位が 1万倍のオーダーで推移しています。
このような高濃度の汚泥を扱う施設で仕事をする職員も大変です。
下水処理施設内では、当然に高い放射線量に曝されています。
例えば、東京都大田区の下水処理施設 南部スラッジプラント内の空気中から、毎時約2.7マイクロ・シーベルトの放射線量が検出されています。
これは、計画的避難区域の福島県飯舘村の放射線量と同程度です。
「放射線管理区域」に指定、核燃料処理施設並みの体制を取っている処理場も出てきました。
政府 汚泥処理の方針を発表東日本を中心にした各地の下水処理施設の汚泥などから放射性物質が相次いで検出されている問題で、政府は、濃度が1キログラム当たり8000ベクレル以下の比較的低濃度なものは、防水対策をとれば、居住などに利用しない場合に限り埋め立て処分ができるなどとする方針を正式に発表しました。
この問題は、東北や関東など東日本を中心にした広い範囲にある各地の下水処理施設の汚泥などから放射性物質が相次いで検出されているもので、政府の原子力災害対策本部は16日夕方、当面の方針を発表しました。
それによりますと、汚泥を焼却や溶融処理する際は、排気から放射性物質が外部に放出しないよう、フィルターなどを備えた処理施設を使うとしています。そのうえで、いずれも濃度が1キログラム当たりで10万ベクレルを超えるものは、コンクリートなどで遮蔽できる施設で厳重に保管するとしていますが、最終的な処分方法は引き続き検討するとしています。
一方、8000ベクレルを超え、10万ベクレル以下のものは、周辺の住民が受ける放射線量を年間10マイクロシーベルト以下に抑える対策を行ったうえで、廃棄物処分場に埋め立て処分もできるとしています。
さらに、8000ベクレル以下の比較的低濃度なものは、防水対策をとれば、居住などに利用しない場所では埋め立て処分ができるなどとしています。政府は、この方針を福島県や東京都など、合わせて13の都と県に、16日、通知しました。政府が処分方針をまとめたことについて、政府と東京電力で作る統合対策室の事務局長を務める細野総理大臣補佐官は、「原子力発電所の外で見つかる放射性物質については、対応の根拠となる法律がなく、さまざまな問題が起こりうる。自治体が中心となって、管理できる上下水道の汚泥について、できるだけ安全な方法を提示した。今後も問題が発生すれば、一つ一つ丁寧に対応していく」と述べました。
そのうえで「完璧かと言われると、いろいろ意見があると思うが、これなら周辺住民や作業をする人に健康被害を与えないだろうと、原子力安全委員会と話し合って決めた。今、日本が置かれている状況からすると、私は適切だと考えている」と述べました。
(NHK 6月16日)
このような処理方針で大丈夫でしょうか。
根本的に基準が適切なものかどうかと言う論議儀がされていません。
また、8千ベクレル/kgを超える大量の汚泥を年間10マイクロシーベルト以下に抑える対策を行ったうえで、廃棄物処分場に埋立て続けるということが、埋立て場所の確保、周辺住民等の理解を得られたうえで可能なものかどうか、よく検証していただきたいものです。
今日(6月16日)未明に皆既月食があります。
(ただし、皆既月食を見ることができるのは関東地方北部より北。それより南西では皆既月食になる寸前に月没となります)
計算上、埼玉県南部ではこのようにパール富士も併せて観られるはずなのですが・・・・・残念ながら厚い雲に阻まれて観ることができそうにありません。
シミュレーション画像で我慢しましょう。
Googleのトップページ(6/16限定)で楽しむのもアリですね。
今年はもう一回皆既月食を見るチャンスがあります。
12月10日の月食はほぼ深夜、真南で見ることができるはずなので、そちらに期待です。
東日本大震災から3ヶ月、これから夏に向けて被災地ではさまざまな支援物資が必要となっているようです。
金銭的な支援も必要ですし、それと併せて、どのような支援物資が求められているのかを纏めてみました。
ここでは、石巻市、南三陸町、多賀城市、亘理町、山元町のものを列記しています。
なお、上記市町村では各個人が個別にバラバラに送る形での支援物資は受け付けていません。
お住まいの地域の市町村役所、社会福祉協議会、その他ボランティア団体を通してご協力をお願いいたします。
(1)石巻市
http://www.city.ishinomaki.lg.jp/shokokanko/sonota/support.jsp
【現在不足しているもの】
【食料品】 ○主食
・カップラーメン
○調味料等(炊出し等で使用しています)
・砂糖、酢、しょうゆ、みそ 等
○野菜・果物
・じゃがいも、人参、玉ねぎ、ピーマン、きゃべつ、ホウレンソウ、
ごぼう、長いも、しめじ、りんご、みかん 等
○その他
・インスタントコーヒー 等
【衣 類】 ○男性用
・男性用春夏用衣類
○女性用
・女性用ジャージ (上・下) 【L・Mサイズ】、春夏用衣類
※新品に限定させていただきます。
【日用品】 ・ タオルケット(夏用)、シーツ(夏用)
・防虫剤、殺虫剤
・ 土のう袋
・梱包用(ガム)テープ
・扇風機
・食器用洗剤、洗濯洗剤、住居用洗剤、トイレ用洗剤、消臭剤
・デッキブラシ
・パレット用ストレッチフィルム(パレットラップ)
・クレペリン手袋(配食時に使用する使い捨てビニール手袋)
【現在十分な数量が確保できたもの】
【食料品】 ・ 米、飲料水、乾パン、クラッカー
【日用品】 ・ 毛布、タオル、カイロ
・ マスク、石鹸、消毒液、生理用品、オムツ
【学童品】 ・ ランドセル、学用品
◆不足している物資
[食料品]
・野菜・果物
・紙パックジュース(オレンジ、リンゴ、野菜など)
・インスタントカップめん
・飲料水(ペットボトルの水・お茶など)※特に500ml
[生活用品]
・入浴剤(共同のお風呂で使用するため、大きめの容量を希望)
・蚊取り線香
・扇風機
・うじ殺し(液剤)
・殺虫剤(キンチョール、虫コロリなど)
・ペーパータオル
・はえたたき
・キッチンハイター
・洗濯用洗剤
◆物資の受け入れをお断りしているもの(現在、十分に補充されています。下記物資は、ご遠慮ください。)
・毛布
・ふとん
・タオル
・衣類(冬物)
・カイロ
・マスク
・オムツ(子ども用、大人用)
・乳児用粉ミルク
・生理用品
・ランドセル
・筆記用具
・石けん
・くつ、長ぐつ
・トイレットペーパー
1 生活用品など
生活用品など 物品名 必要度 必要数量 最少受入個数 用途/備考
トンパック ★★★ 上限なし 10枚から 被災家屋解体時のごみ処理等に使用します
土のう袋 ★★★ 上限なし 10枚から 被災地域内での汚泥処理などに使用します
ごみ集積所用ネット3メートル×3メートル ★★★ 上限なし 1枚から 被災地域内各ごみ集積所にて飛散防止用などに使用します
スパナ、レンチなど(工具箱) ★★★ 上限なし 5本から 被災家屋の清掃等に使用します
金属製のレーキ(先幅400ミリ以内) ★★ 上限なし 5本から 被災家屋内の汚泥処理などに使用します
使い捨て用おわん(紙、発砲スチロール、プラスチック製のもの) ★★★ 上限なし 50個から 避難所等の生活で使用します
安全靴(25~27センチ、先芯が鋼製のもの) ★★★ 上限なし 20足から がれき撤去作業に使用します
消石灰 ★★★ 上限なし 20キログラムから 被災地域の公衆衛生(消毒作業)などに使用します。
ポット ★★★ 10台 1台から 避難所で給湯用に使用します。
除湿器 ★★★ 4台 1台から 避難所で使用します。
20リットル用ポリタンク(蛇口付) ★★★ 10台 1台から 避難所で使用します。
電池式ランタン ★★★ 10台 1台から 避難所で使用します。
2 食糧品
食糧品 物品名 必要度 必要数量 最少受入個数 用途
インスタント味噌汁またはわかめスープなど(コーンスープは不要) ★★★ 日々消費食材につき残数なし 50個から 避難所などでの配食用に使用します
お茶・野菜ジュース(350ミリリットル、500ミリリットルのもの) ★★★ 日々消費食材につき残数なし 50本から 避難所などでの配食用に使用します
3 今後必要となるもの(梅雨・夏到来に合わせて)
今後必要となるもの 物品名 必要度 最少受入個数 受け入れ開始時期 備考
保冷剤 ★★ 50個から 6月1日から 避難所などで食糧などを一次保管する際に使用するものです
(4)亘理町
http://www.town.watari.miyagi.jp/index.cfm/22,16858,122,html
次のものが不足している状況です。皆様のご支援をお願いします。
•春・夏用衣類(新品)
•タオルケット
•洗濯洗剤(粉)
•シャンプー
•リンス・コンディショナー
•ボディソープ
•ハム・ウィンナー(消費期限の長いものをお願いします)
•牛肉・豚肉・鶏肉
•野菜
•FMラジオ(アンテナが付属していて乾電池で使用するもの。FMが聴けるものでお願いします)
十分に補充されているもの
•紙おむつ(大人用、子ども用)
•尿パッド
•生理用品
•赤ちゃん用おしりふきシート
•衣料品(古着のもの)
•サンダル
•ウェットティッシュ
•布団・毛布類
•粉ミルク・離乳食
•ランドセル
•使い捨てカイロ
•間仕切り用ダンボール
•マスク
•消毒液
•医薬品(かぜ薬や胃腸薬など)
•歯ブラシ
•歯みがき粉
•サランラップ
•タオル(洗面用等)
•学用品等(えんぴつ、ノートなどの文房具)
横浜市神奈川区台町3-1 本覚寺会館内
神奈川県第二宗務所
TEL045-322-2417
までお送りくださいますようお願いいたします。
東日本大震災の発生から3か月を迎えます。
警察庁の発表によると、6月10日現在、犠牲となられた方は12都道県・1万5405人、不明の方は6県・8095人。
いまだに避難生活を送られている被災者は21都県・9万109人にのぼります。
今日は近隣寺院で震災発生時刻に東日本大震災被災者物故者慰霊法要が営まれます。
随喜・参列の皆様とともに心より哀悼の意を表し一日も早い復興を願いたいと思います。
東日本大震災:ボランティアは阪神の3分の1、38万人
東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県で活動するボランティアが、発生当日から3カ月間の延べ人数で、阪神大震災(95年)の3分の1にあたる40万人程度にとどまっていることが、内閣府のまとめで分かった。人数はゴールデンウイーク(GW)以降急減。被災地で復興の本格化とともにボランティアの需要が高まっており、関係者は東京など主要都市と被災地を結ぶ送迎バスを導入するなど、受け入れに奔走している。
内閣府の震災ボランティア連携室のまとめでは、3県の災害ボランティアセンター(VC)に登録して活動したボランティアの総数は、震災当日から6月5日までの約3カ月間で延べ38万7900人。このほか連合や生協、NPOなどがVCを経由せず数万人規模のボランティアを送り込んでいるとみられるが、合わせても3カ月間で117万人(兵庫県の推計)という阪神大震災に遠く及ばない。
この差について、同室は「被災地域が大都市圏から遠く、面積も広いうえ、新幹線や高速道路などの交通網寸断やガソリン不足などから当初は容易に近づけず、福島県では原発事故も重なった」と分析。さらに、被災自治体の多くが当初、県外ボランティアを受け入れなかったことも影響していると見ている。
3県のVCは各地域の社会福祉協議会(社協)が設立。震災からしばらくは大部分が、ボランティア登録を地元住民に制限していた。社協や自治体の職員自身も被災し、大勢を受け入れても指示を出すのが困難だったことに加え、岩手県社協の根田秋雄・地域福祉企画部長は「自分で何とかしようという東北人気質とともに、『県外者を入れたら物が盗まれる』という警戒感もあった」と説明する。
3県の内訳は、岩手9万9900人▽宮城21万7200人▽福島7万800人。宮城は岩手の倍以上だ。仙台市が被災地とも近接しているのに対し、岩手の被災地は盛岡市から車で2時間以上かかるなど遠いことが影響しているようだ。岩手の被災地には復興から取り残されかねないとの危機感も漂う。福島は原発事故のため立ち入れない区域が広いことが影響している。
1週間ごとの人数の推移を見ると、震災直後から増え、ピークのGWの週は5万4100人だった。ところが、直近の6月5日までの1週間は2万4100人で、ピーク時の45%にまで落ち込んでいる。GW以降、ボランティア供給源となる大学の授業が本格化したことなどが影響しているとみられる。
(毎日新聞 2011年6月10日)
3か月を経て電気・ガス・水道などライフラインの復旧がかなり進んでいる反面、復興作業がなかなか進まない被災地も多く、その背景には宮城、福島3県で活動するボランティアが、ゴールデンウィーク以降減少してしまっていることも一因に挙げられるようです。
復興段階において、被災地の求めに従って柔軟な支援体制が整えられると良いのですが、なかなか理想どおりには行かない現実があります。
そんな中、東日本大震災の被災地の記憶・記録を写真や動画といったデジタルデータで保存し、アーカイブ(記録資料)化する動きが公的機関や民間で本格化しています。
震災前後の記録と、復興の足跡を後世のために残すのが目的です。
独立行政法人「防災科学技術研究所」では、自治体やNPOなどと連携し、住民が撮影した津波や被災前の街並みの写真、瓦礫の中から発見された写真、アルバムなどをデジタル化して収集しています。
4月下旬からは、復興の動きを数十年にわたって記録する壮大なプロジェクトを開始、カメラを固定して定点観測を1市町村当たり100カ所前後で行っています。
また、ボランティアにより津波被害を受けた文化財や学校などの現状を撮影、あるいは被災地の子供が大人にマイクを向け避難生活などを記録する活動が展開されています。
インターネットでは、Yahoo!の「東日本大震災 写真保存プロジェクト」やGoogleの「未来へのキオク」など、さまざまなプロジェクトが進行しています。
東日本大震災 写真保存プロジェクト(Yahoo!Japan)
未来へのキオク(Google)
一日も早く、被災地の復興が成し遂げられることを願ってやみません。
一部のパソコンやスマートフォン(多機能携帯電話)で8、9日、ホームページ閲覧やメールの送受信が出来なくなる恐れがある。インターネットでコンピューターを識別するのに使う「IPアドレス」の切り替え実験を、世界で同時に行うためだ。
総務省などが注意を呼びかけている。実験は8日午前9時から24時間行われる。この間だけ、枯渇が予想されている現在のIPアドレス規格「IPv4」から、次世代規格「IPv6」対応に切り替える。「4」ではアドレスが約43億個だが、「6」では格段に増える。移行による問題点などを実験で探る。
日本で影響が出る可能性があるのは、NTT東日本と西日本が提供する光回線「フレッツ光」の利用者の一部と、フレッツ光を使う無線LANサービスでネット接続をするスマートフォン利用者の一部。
(朝日新聞 2011年6月6日)
どれだけ周知されているか分かりませんが、明日(6月8日)から世界的にIPv6移行試験が行われるため、インターネット接続に障害が出る可能性があります。
とりあえず、インターネット接続に問題が出るかどうかは http://test-ipv6.jp/ にアクセスすると分かります。
ネットワーク(インターネット、イントラネットなど)に接続されたコンピュータは、それぞれIPアドレスという識別番号を持っています。
いわゆる「ネット上の住所」です。
例えば http://219.121.16.30 をクリックしてみてください。
ということで、貞昌院では、219.121.16.30 というアドレスを持っています。
無機質な数字では覚えづらいので、例えば、貞昌院のWebpageには teishoin.net とか zazen.jp とか 7676.net とかいう「ドメイン」を割り当てています。
IPアドレスは、現在は IPv4 という 8ビットずつ4つに区切られた32ビットの数値(これを10進数にして 0から255 までの数字4つで表現されています)としています。
つまり、アドレスの数は 256 の 4乗 となります。
IPv4・・・ 4,294,967,296個・・・おおよそ約43億個ですね。
この数では、世界中のネットワーク上のコンピューターを管理するには限界がくることも理解できます。
(日本でのIPv4アドレスは2011年4月にすでに枯渇してしまっています。)
そこで、次世代のIPv6では128ビットのIPアドレスが使われることとなりました。
IPv6 のアドレス表記
従来のIPv4では、2進数で表記された数値を8ビット単位でドット(
.)で区切り、10進数で表記する。[例] 192.0.2.1
IPv6では、128ビットを表記する際、IPv4と同様の表記では冗長になりすぎるため、16進数で表記された数値を16ビット単位で、コロン(:)で区切って表記する。
[例] 2001:0db8:bd05:01d2:288a:1fc0:0001:10ee
16進数がスタンダード標記になるので、ますます馴染みが薄くなりますね。
なお、IPv4 では 約43億個 ある組み合わせは、IPv6では・・・・・ 340,282,366,920,938,463,463,374,607,431,768,211,456個となります。
この単位は 約340澗!!個!!!
移行にはさまざまな障壁があるようですが、IPv6に移行した暁には当面の間はIPアドレス枯渇問題とは無縁となるでしょう。
枯渇する以前にネットワークの仕組み自体が根本的に変わっているかもしれませんね。
それにしても、澗なんて単位はそうそうお目にかかることはありません。
もしも明日インターネットが繋がらなかったら、壮大なミクロとマクロの世界に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
一(いち) 10の0 乗
十(じゅう)10の1 乗
百(ひゃく)10の2 乗
千(せん)10の3 乗
万(まん)10の4 乗
億(おく)10の8 乗
兆(ちょう)10の12 乗
京(けい、きょう)10の16 乗
垓(がい)10の20 乗
(じょ)、秭(し)10の24乗
穣(じょう)10の28 乗
溝(こう)10の32 乗
澗(かん)10の36 乗
正(せい)10の40 乗
載(さい)10の44 乗
極(ごく)10の48 乗
恒河沙(ごうがしゃ)10の52乗
阿僧祇(あそうぎ)10の56乗
那由他(なゆた)10の60乗
議(ふかしぎ)10の64 乗
無量大数(むりょうたいすう)10の68乗

従業員10人の中小企業が、カップラーメンを製造する真空凍結乾燥法(フリーズドライ)の技術を使い、東日本大震災による津波で水にぬれた重要書類を乾燥させている。法務局が保管している土地台帳や大手企業の契約書、特許文書などが多く、乾燥させた書類は、約2カ月間でA4サイズ換算で約160万ページ分にも上る。
奈良市の「関西保存科学工業」(樫根烈=いさお=社長)。90年に創業し、乾燥作業だけでなく乾燥機も製造。文書や文化財の保存に特化して、奈良文化財研究所(同市)に文化財用としては世界最大の乾燥機(直径1.6メートル、長さ6メートル)を納入。木簡や井戸枠などの保存に活躍している。04年のスマトラ沖大地震時も、同型の乾燥機をインドネシアのアチェ州に納めた。
機械内で書類を氷点下40度に凍結させ、機械内部を真空状態にすることで、水分を固体から一気に気体にして飛ばす。常温で液体から水分を蒸発させると紙がくっついたり、表面が反ったりするが、真空凍結乾燥法では、大量の紙を1枚ずつバラバラにして乾燥できるという。
(毎日新聞2011/5/30より記事と写真を引用)
東日本大震災では、本州太平洋沿岸部の広い範囲で津波により、重要な文書類、文化財に被害が出ました。
貴重な文化財を如何に救うことができるかという問題も、時間との戦いです。
特に、塩水やヘドロに浸かった書類は、紙同士がくっついてしまい、その修復はかなり困難を極める作業であることが想像できます。
被災した文書を復元するために、埋蔵文化財の宝庫、奈良県の企業、西保存科学工業のフリーズドライ技術が活躍しているそうです。
西保存科学工業は、遺跡から発掘された木材や布、腐蝕が進行した金属などから復元、保存を行うことに特化した企業で、その分野では追随を許しません。
まさに世界最先端の文化財保存技術をもつ会社といえます。
日本国内の文化財保存用機械は、ほぼ全てが、西保存科学工業社の製品だそうです。
市民生活を支える公文書、そして地域の文化を伝承する文化財を救出するという重大な役割を担っている、日本の技術力はこのようなところにも生かされているのですね。
■関連リンク
低線量被曝の影響は、残念ながらよく分かっていません。
しかし、25年前に発生したチェルノブイリ事故の教訓は、私たちにこれから起きるであろう現実を教えてくれます。
やたらに不安を煽るわけでもなく、しかしオブラートに包んだ見掛けだけの安心感をもたらそうとする言葉もありません。
ただただ起こっていることを淡々と記録したドキュメンタリーが今晩放送されます。


25年前のチェルノブイリ原発事故で、甚大な被害を受けたウクライナ。事故を知らない世代も増え、チェルノブイリを舞台にしたゲームソフトも流行している。若者たちにとって、もはや原発事故はゲームの中でしか存在しない過去の遺物だが、なかにはバーチャルな世界の体験を通し、事故を深く知ろうとする人も出てきている。番組は、原発の周囲30キロの地帯「ゾーン」を訪れる若者たちに密着。そこでの体験や、当時を知る人々の話などを通して、チェルノブイリと向き合う姿を映し出す。
一方で、番組は原発事故の処理がいまだに続いている現状を伝える。現在、事故が起きた原子炉はコンクリート製の“石棺”で覆われているが、崩壊の恐れがあるため解体しスティール製の巨大シェルターを被せる計画が進められている。しかし、石棺は放射能に汚染され解体作業には大きな危険をともなう。三世代に渡って石棺で働く一家は「シェルターがすべての問題を解決する」という考えには懐疑的だ。また巨大シェルターの建設と保守にどれくらいの費用がかかるのかもわかっていない。こうしたなか、ウクライナでは原子炉22基を新たに建設する予定だ。
番組は、独占入手した石棺内部の映像も紹介。さらには原子力問題の専門家や、地元の医師などのインタビューを交えながら、事故が風化するなかで、今も後遺症に苦悩するウクライナの葛藤を描く。


事故現場から18キロ地点、人影のない汚染地区の一角で暮らすレオニード。家の回りで栽培する農作物を食べて生活している。科学者でもあるレオニードは、放射線を浴びた農作物を調査。農作物の種類によってその度合いが違うことを知る。汚染された場所で栽培しても、食べられる農作物があることが分かったのだ。
ウクライナ人のガシュチャク博士は長期にわたってチェルノブイリ周辺で放射線の影響を調査している。放射線レベルはまだ通常より数千倍も高いが、直後と比較して3%にまで減少。立ち入り禁止地区は徐々に昔の姿を取り戻し、今では自然の宝庫と言えるまでに回復した。さらに博士はネズミを調査し、放射線を浴びた個体でも、全く見た目には健康であることを突き止める。その理由を探るため、博士はテキサス工科大学との共同研究を開始した。テキサス工科大のロジャーズ教授は、「チェルノブイリの立ち入り禁止地区は、放射線の影響を調べる研究対象として貴重な場所だ」と言う。
サウスカロライナ大学のムソー教授らは立ち入り禁止地区の鳥を調査。尾羽の形に異常があるツバメが多数いることを突き止めた。また7割の鳥が繁殖する前に死ぬことも判明した。
事故から25年、科学者たちは“チェルノブイリ”から何を学ぼうとしているのか。研究の最先端を追ったドキュメンタリー。


多くの人命を奪ったチェルノブイリの事故。直後に無くなった人は数百人とも数千人とも言われている。さらに事故の処理に携わり強い放射線を浴びた人は数万人を超える。
ドイツのドキュメンタリー作家クリストフ・ボーケルは、通訳として仕事をともにしたウクライナ人の妻マリーナをガンで失った。ボーケルはチェルノブイリ事故に深く関わった人たちを追うことを決意する。
芸術家を目指していたディーマは事故当時、陸軍に所属し事後処理にあたった。放射能の危険を知らされないまま作業に当たり被爆し、後にガンを発病する。明るい色彩にあふれていた作品は、暗い色調と死をイメージする作風にかわってしまった。
グバレフは元プラウダの著名な編集者。何度も公式に現場を訪れて取材を重ね、事故の全貌を記した書籍も出版している。「当局も放射線の危険性を認識していたはずだ。しかし目の前で作業していた若い兵士達は被曝を防ぐための知識も装備もなかった」と述懐する。
ボーケルは事故後に現場を取材したロシア人クルーから貴重な映像と証言も入手。映像には不安な様子で作業にあたる兵士や関係者の様子が映っている。
事故から25年。見えない敵に命を奪われる人は依然として後を絶たない。
過ちや失敗を繰返さないために May 1, 2007
全国の寺院に太陽光発電があると August 9, 2007
太陽光発電の国ニッポンの復権を July 17, 2008
原子力発電所炉心溶融か March 12, 2011
福島原発2号機が爆発 March 15, 2011
被曝から身を守るために March 23, 2011
ゆでガエルにならないために March 25, 2011
負の遺産となった福島第1原子力発電所 April 3, 2011
濃紺の化合物が日本を救う April 15, 2011
原発周辺警戒区域を April 21, 2011
やるせない風評被害の現実 April 23, 2011
放射性物質蓄積量データ公表 May 7, 2011
モンゴルに日本の核処分場計画 May 9, 2011
三陸といえば、ワカメ、牡蠣、そして様々な魚たち・・・・・・豊かな海は他では得られない海産物を生み出します。
東日本大震災では、津波により三陸沿岸の漁業が大きな被害を受けました。
漁業の復興のために被災地の方々も立ち上がっています。
その一つが「一口オーナー制度」です。
生産者が直接一口オーナーを募り、一人何口という支援金を漁業に用いる船舶や牡蠣選別施設、浄化用水槽といった設備投資や、種牡蠣・稚貝の購入に充て、収穫された海産物がオーナーに届けられるというシステムです。
既に幾つかのシステムが立ち上がっています。
※ここにご紹介した以外にもたくさんの一口オーナー制度があります。
義援金を寄託することも大切な復興支援です。
しかし、なかなか被災地に届かないというデメリットがあります。
対し一口オーナー制度は、支援をしたい場所に直接資金が調達されますので、即効性があり効率的な仕組みといえます。
通常のオーナー制度と異なり、復興までの道のりは長期に亘るかもしれません。
したがって、生産が軌道に乗り海産物がオーナーへ届けられるまでに何年かかかる可能性もあります。
けれども、復興までの道のりをともに歩み、収穫を楽しみに待つというのもの良いかもしれません。
バランスの取れた支援体制作りが必要だと感じます。
荒磯の 浪もえよせぬ 高岩(たかいわ)に かきも付くべき 法(のり)ならばこそ (曹洞宗宗歌)
力強い信念ば困難を乗り越えなし遂げる原動力になると信じています。
日本と米国がモンゴルに国際的な核廃棄物の貯蔵・処分場を初めて建設する極秘計画が明らかになった。モンゴルは「核のゴミ」を引き受ける見返りに、日米による技術支援で原子力発電所の建設などももくろむ。地下資源が豊富なモンゴルが原子力を必要とする理由は何か。モンゴルが国内初の原発を建設したいと切望する最有力候補地、中部ゴビスンブル県バヤンタル(豊かな草原の意味)村を訪ねた。
◇見返りに技術支援
首都ウランバートルから東南に約200キロ。中国国境に向かう鉄道沿いに、蜃気楼(しんきろう)のようにたたずむ廃虚のビル群が姿を現した。
群青の空の下、乾いた風以外は物音ひとつしない広漠の大地。その中にポツンと、90年代初めまで駐留した旧ソ連空軍部隊が残した5階建て士官宿舎が10棟。住民がひとつの建物に住む以外は、どのビルも窓ガラスなどが持ち去られた廃虚だ。
日米がモンゴルで核廃棄物処分場の建設計画に乗り出した昨年9月、その「見返り」としての原発立地に、モンゴル原子力開発計画トップで物理技術研究所のチャドラー所長が、ここを「最適地」に選んだ。ソ連軍が残した舗装道路、鉄道、電線などがあるからで、原子炉冷却用の「豊富な地下水や大きな河川も近くにある」という。
しかし、さらに北東40キロの第2候補地バヤンジャルガン村や第3候補地ダルハン村周辺は、乾燥しきった大地。地図には湖があるが、枯れていた。これでは原子炉を冷やす大量の水が期待できない。
モンゴルの国土は日本の約4倍、人口は大阪市とほぼ同じ約250万人、1人当たりの国民所得は日本の30分の1だが、石炭、金、銅、ウラン、レアアースなどの鉱物資源が眠る。
中でも世界最大とも言われるウランを産出、活用すれば「石油や天然ガスで潤う中東諸国のような豊かな国になれる」(経済産業省幹部)との夢がある。
チャドラー所長も「レーニンの言葉を借りれば、ソ連はエネルギーで16もの衛星国を支配した。モンゴルの原子力開発に協力した国は、この国で強い影響力を発揮することができる」と語り、日本の技術支援に強い期待感を示した。
◇中露排し発展模索
モンゴルが原子力技術を求めるのは、旧宗主国の中国とロシアにはさまれた内陸国であるためだ。
モンゴルには豊富な石炭が埋蔵しているが、モンゴル南部で開発予定の巨大炭鉱から中国天津港まで鉄道で1100キロ、ロシア極東ナホトカ港まで3000キロもある。大量輸送が可能な豪州炭、南アフリカ炭などとの価格競争には勝てない。
「石炭は結局、中露両国から安く買いたたかれるだろう。これからは、原子力燃料製造など高付加価値産業を育てなければ、豊かな国は永遠に実現しない」(モンゴル政府関係者)との危機感が強い。
国営原子力会社モンアトムのバダムダムディン会長兼最高経営責任者は2020年にはモンゴル産ウランを原料とした核燃料加工を始める目標を示し、「技術力のある東芝と協力したい」との構想を語った。さらに「民主化直後の92年から無償援助を続けた日本の人々の気持ちは、モンゴル国民の心に届いている」と強調した。
しかし、東京電力福島第1原発事故を機に、モンゴルでも原発の安全性への懸念が高まった。モンゴル国営モンツァメ通信のアディヤソレン記者(政治担当)は「計画が事実ならば極めて危険な話。国民の健康と安全を損なう恐れがある」と警戒感を隠さなかった。
それでも原発推進派は「モンゴル国民は日本に強い親しみを感じている。日本の原発なら受け入れる素地がある」(チャドラー所長)との期待がある。
(毎日新聞2011/5/9)
原子力発電計画を進めるためには、最終的に核廃棄物をどのように処理するのかが問題となります。
日本国内には、処分する場所が無いために、福島第一原子力発電所では原子炉の上に使用済み核燃料プールが配置されるという設計になっており、これが今回の事故被害を拡大させる原因となりました。
そんな中、モンゴルで計画されている核処分場についての報道です。
日本にとっては核処分場を得られ、ウランやレアメタル資源が確保できる、原子力技術を輸出できる・・・・モンゴルには原子力発電所の技術の支援や資金提供が得られる・・・・双方の利益にかなったものとされます。
処分場の候補地は、
・バヤンタル村
・バヤンジャルガン村
・ダルハン村
などなど。
第三候補の ダルハン は、一昨年訪問したことがある製鉄の町です。一面の豊かな草原と、その北部に広がる針葉樹森林が印象的な場所でした。
モンゴルでは、電力の大部分を石炭による火力発電所によって賄っています。
必ずしも安定的な供給がなされているとはいえません。
首都、ウランバートルでは、モクモクと煙を上げる発電所を目の当たりにしました。
ウランバートル市内の石炭火力発電所
東日本大震災に対して、モンゴルでは、震災報道直後全ての公務員を対象に給料1日分の募金が呼びかけられ、さらに一般国民や企業の自発的な募金運動に発展し、震災発生2週間以内に1億2500万円以上の義援金が寄せられました。
親日国モンゴルに心から感謝します。
「モンゴル国民は日本に強い親しみを感じている。日本の原発なら受け入れる素地がある」・・・
モンゴルにも、日本にも不幸をもたらすことの無いよう、考えていきたい見逃すことができない重要なニュースでした。
文部科学省は、5月6日、福島第一原子力発電所から80kmの範囲内の地表面から1mの高さの空間線量率、及び地表面に沈着した放射性物質の汚染状況データを公表しました。
文部科学省及びDOE航空機による航空機モニタリングの詳細
○測定実施日:4月6日以降
※準備状況、天候によって実施日の変更あり。
○航空機:
1.文部科学省(財団法人原子力安全技術センター)
・民間ヘリコプター(BELL412)
2.米国DOE
・小型機(C-12)
・ヘリコプター(UH-1)
○対象項目:福島第一原子力発電所から80kmの範囲内の地表面から1mの高さの空間線量率、及び地表面に沈着した放射性物質の汚染状況
※米国DOEにおいては福島第一原子力発電所から60kmの範囲内、文部科学省においては60~80kmの範囲内についてモニタリングを実施。
○公表方法:DOEのモニタリング結果と併せて文部科学省より公表。
⇒公表された線量測定マップはこちらです(文部科学省のページにリンク)
ようやく公表されたデータ・・・・・その深刻さに改めて驚かされます。
赤色のエリアが 3,000,000-14,700,0000 Bq/m2
黄色いエリアが 1,000,000-3,000,000 Bq/m2
緑色のエリアが 600,000-1,000,000 Bq/m2
水色のエリアが 300,000 - 600,000 Bq/m2
青色のエリアが 300,000 Bq/m2 以下
という測定結果でした。
参考までに、チェルノブイリ原子力発電所事故での汚染マップも併せて比較してみます。
(ウィキペディア「チェルノブイリ原子力発電所事故」項より引用)
上図を見ると、
チェルノブイリ原子力発電所事故での汚染マップでは
40 Ci/km2 以上の区域が Confiscated Closed Zone (強制隔離区域)
15-40 Ci/km2 が Permanent control zone(永久管理区域)
5-15 Ci /km2 が Periodic control zone (定期管理区域)
とされています。
単位が Ci/km2 ですから、これを Bq/m2 に変換すると、
1Ci=3.7×10の10乗Bq=37GBq ですから
Confiscated Closed Zone (強制隔離区域)は 1,480,000 Bq/m2 以上の区域
Permanent control zone(永久管理区域)は 555,000~1,480,000 Bq/m2 の区域
Periodic control zone (定期管理区域)は 185,000~555,000 Bq/m2 の区域
ということになるでしょう。
これを元に、改めて福島第一原子力発電所事故による地表面への蓄積量データを見てみましょう。
数値を比較すると、おおむね 赤色+黄色のエリアが「強制隔離区域」、緑色のエリが「永久管理区域」に相当するとみてよいのではないでしょうか。
(あくまでも簡易的な単位変換に基づく計算上の数値です)
今後、政府により強制隔離区域、永久管理区域が設定されるはずですが、これだけの広大な地域が設定されることも現実的になってしまいました。
本当に残念なことです。
ソ連政府は、チェルノブイリ原子力発電所事故発生から36時間後には住民の避難を開始、1週間で半径30km以内に居住する全ての人間(約11万6000人)を移住させました。
対し、日本政府は、これだけ深刻な汚染が3月半ばに発生しているにも係らず、「ただちに健康に影響は無い」として、データを公表せず、強制移住させるまでに一ヶ月以上も要しています。
チェルノブイリでは、放射性物質の影響は要素は半減期が8日の放射性ヨウ素から、時間の経過により影響は段々半減期の長いストロンチウム90やセシウム137によるものへと変化しています。
このうち、特に半減期が長く(30年)現在最も高いレベルのセシウム137は土壌表層にあるため、継続的に植物や昆虫、キノコ類に吸収されていることが調査でわかっています。
1997年頃の調査では、汚染区域内の植物中のセシウム137の濃度は上昇しており、汚染が地下の帯水層や、湖や池のような閉じた水系に移行していく傾向が見られます。
福島第一原子力発電所周辺でも同じような経過を辿るのでしょうか。
目を背けたいことですが、現実に起こっていることです。
先日のブログ記事 原発周辺警戒区域を の図は、その場所に一年間居た場合どれだけの放射線の影響を受けるのか という図です。
今回の図は、その放射線の原因となっている放射性物質が土壌に蓄積された量の図という違いがあります。
連休初日の今日(4月29日)、東北新幹線が全線復旧しました。
震災発生から50日目での復旧です。
被害を受けた区間が約500km、損傷箇所約1200カ所という、過去の震災よりはるかに甚大な被害であったことを考えると驚異的な復旧速度です。
改めて、日本の土木技術の高さを感じますし、復旧に携わった多くの方々に敬意を表さずにはいられません。
今回の驚異的な復旧には、過去の大震災に学んだ多くの教訓が生かされています。
まずは、阪神大震災後進められてきた耐震対策が功を奏して、大規模な橋脚の破損が避けられたことが挙げられます。
阪神大震災直後、JR東日本では緊急耐震補強対策として、3千本を越える高架橋の柱に鋼板を巻くなどの補強工事を施してきました。
適切な安全対策が、大きな被害を防ぎ、早期の復旧の要因となっています。
また、復旧工事初動の早さも復旧の早さに大きな原動力となりました。
東日本大震災で損傷を受けた約1200カ所のうち、1カ月以内に1100箇所以上の修復を終えています。
一ヵ月後の4月11日に発生した震度6強の強い余震で被害が増えたものの、その後10日で約9割の修復工事を終えています。
1日あたり3千人による集中的な復旧作業、その工程管理も適切だったのでしょう。
日本は地震大国です。
しかし、震災で蓄積された土木技術の進歩は著しく、技術力では世界随一といっても良いでしょう。
今日の東北新幹線全線再開で、初めて青森から鹿児島まで新幹線で結ばれることとなりました。
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JR九州の九州新幹線の全線開業は東日本大震災本震発生の翌日でした。
震災のニュースにかき消されて、祝典も中止となってしまいました。
最後に提案です。
青森から鹿児島まで繋がったわけですから、東北新幹線~東海道山陽新幹線~九州新幹線全線を繋いだ新CMを作成してみては如何でしょうか。
一つになった日本に、新しい力が生まれています。
つながろう 日本!
■関連ブログ記事
「ユレダス」揺れ出す9秒前に
春の修学旅行シーズンを控え、宮城県内の小中学校が日程や行き先の再検討に追われている。学校や家庭に東日本大震災の爪痕が深いためで、甚大な津波被害を受けた沿岸部の一部学校は実施を延期した。福島第1原発事故の長期化が影響し、仙台市内を中心に福島県会津地方だった行き先を変更する動きも目立っている。
各市町村教委によると、修学旅行の行き先は小学校が福島県会津地方、中学校は東京が大半を占める。
学区が大きな津波被害を受けた石巻市門脇中は、5月に予定していた関東方面への修学旅行を秋に延期した。平塚隆教頭は「旅行費用は積み立てを済ませており、実施する方向だ。家庭によって事情が異なる。保護者の意向を聞く機会を設けたい」と言う。
石巻市の小学校の修学旅行は例年、5月下旬~6月中がピーク。市教委学校教育課は「被害の大きい学校は、秋以降に延期するか、場合によっては中止もあるかもしれない」と話す。
気仙沼市面瀬小は6月に福島県会津地方への旅行を計画していたが、9月に延期した。行き先も岩手か秋田に変える。熊谷俊一教頭は「津波で家が流された児童もいるが、思い出深い学校生活を送らせたい。福島を避けるのは、万一を考えてのこと」と説明する。
仙台市立小学校では、会津地方だった行き先を変更する動きが加速している。市教委の22日までの集計によると、85校が会津地方を行き先にしており、うち83校が変更したか、変更を検討中という。
鶴谷小(宮城野区)は5月下旬に予定していた会津地方への旅行を盛岡市などに変えた。瀬戸幸子校長は「風評と分かっていても、福島と聞くだけで心配する保護者がいる。会津は毎回児童を温かく受け入れてくれた。こんなときにお返しできず申し訳ない」と苦しい胸の内を語る。
岩手行きを決めた北仙台小(青葉区)の星俊行教頭は「子どもの安全を考え、保護者全員の理解を得るのも難しいと判断した」と指摘。立町小(同)は具体的な計画を立てる時期にJR東北新幹線の再開見通しが立たず、時期を10月に遅らせ、行き先も岩手にした。
深刻化する会津観光への風評被害について、菅家一郎会津若松市長は「非常に残念。最近、栃木県の中学生を受け入れたばかりで放射線量も安全レベルと証明されている」と危機感を募らせる。
菅家市長は会津若松市と仙台市はともに、福島第1原発から100キロ前後の距離にあることを指摘。「積極的に情報を提供するので、ぜひ会津を訪れ、応援してほしい」と話している。
(河北新聞 2011年04月23日 下線はkameno付記)
原子力発電所の事故は、さまざまな方面で震災復興の足かせになっています。
ただ「福島」というだけで、イコール放射線による影響を過度に心配したり、行き過ぎた反応が報じられています。
そのなかで、やるせない報道がありました。
宮城県の小学校では、修学旅行先として福島県会津地方へ行く学校が大半だそうです。
しかし、福島第1原発事故の影響により、そのうちのほとんどの学校が福島県会津地方への旅行を避ける動きにあるということです。
これはまさに風評被害以外の何物でもありません。
東日本大震災で被災した地域自らが風評を真に受けて、風評被害を引き起こしているという現実に、なんともいえない空しさを感じます。
「子どもの安全を考え、保護者全員の理解を得るのも難しい」ということですが、例えば福島第一原発からの距離は会津も仙台もほぼ一緒です。
先日の記事に見るように、放射線の影響度も、仙台と会津ではどちらも安全と言う意味でほとんど変わりません。むしろ会津の方が安全ともいえます。
「風評はデタラメである」と児童や保護者の不安を一蹴できない宮城県の学校の意識改革を望みたいところです。
福島から転居してきた児童へのいじめなど差別的事象が問題になっていますが、児童の見本となるべき学校全体で同様なことをしていては、まったく説得力がありません。
そして、東北地方同士でこんなことを行っていると、世界から見て、ああ、やっぱり日本って、東北って安全ではないんだ・・・・・と思われることも仕方ないように感じます。
20キロ圏立ち入りに罰則、警戒区域を設定へ
政府は20日、避難指示が出ている東京電力福島第一原子力発電所から20キロ圏内について、週内にも法的に立ち入りなどを制限できる「警戒区域」に設定する方向で最終調整に入った。
また、5市町村を対象に1か月をめどに避難を求める「計画的避難区域」についても近く菅首相が設定する。
首相は21日に福島県を訪れ、佐藤雄平知事らと警戒区域の設定などについて意見交換するほか、20キロ圏内の住民が避難している避難所も視察する。
福島第一原発の20キロ圏内では、住民らが家畜の世話や貴重品などを取りに区域内に入るケースが増加する一方、空き家への防犯上の対策も考慮する必要が生じていた。このため、政府は災害対策基本法に基づいて市町村長などが設定し、罰則を伴って退去命令や立ち入り制限などの措置が可能となる警戒区域に切り替えるべきだと判断した。(讀賣新聞 2011年4月21日)
福島第一原子力発電所から半径20キロのエリアが、立ち入り禁止区域「警戒区域」に設定されることがほぼ決定しました。
このほか、さらに広い範囲での「計画的非難区域」も設定されます。
この決定は実に重い意味をもっています。
居住されている方から郷土を奪い、長期間に亘って帰ることすら叶わないこととなるからです。
警戒区域・計画的非難区域に隣接する地域にお住まいの方の生活にも支障をきたすでしょう。
そもそも、これだけの重い意味をもつ決定を「なぜ今になって」「おしなべて同心円で設定するのか」という疑問が残ります。
放射性物質の飛散状況は決して同心円状均一ではありません。
主に陸地側の飛散については、爆発発生時の風向きに大きな影響を受け、その放射性物質がどのように堆積したかということにより決まります。
下図は、一昨日(4月18日)アメリカ国家核安全保障局により公表された「その場所に一年間居た場合、どれだけの放射線の影響を受けるのか」という地図です。
(原図は白地図でしたので、判りやすいようにkamenoがyahoo!の地図を合成しました)
Radiological Assessment - of effects from -Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant
(April 18, 2011:国家核安全保障局(National Nuclear Security Administration)
アメリカ政府は、福島第一原発の事故の直後から、大気収集機「コンスタントフェニックス」、無人機「グローバルホーク」を直ちに派遣、緻密な情報収集を行ってきました。
上図は、最新機材による累計334時間の飛行観測、日米当局の約15万件にも及ぶ地上計測値、大気収集機による504件の大気サンプルの収集データに基づく科学的なものです。
日本政府が公表したSPEEDIの予測図よりもかなり緻密な内容となっています。
このような大事なデータを、何故日本政府は公表しないのでしょうか。
むやみにデータを隠すことは、却って不安や風評被害を広げる源となります。
この図や先にご紹介した日本政府によるSPEEDIの予測図を見ると、北西側に影響が大きく出ていることが判り、逆に南西側は影響が少ないことが判ります。
従って、警戒区域を設定するのなら、科学的根拠をもって、その区域に設定するべきだと思います。
そうでなければ、「北西に広がる危険であろう区域に住民が住み続ける」こととなりますし、逆に「南西側の危険でないであろう区域から住民を強制排除する」こととなってしまうからです。
今日のブログで主張することは以下の2点です
(1)警戒区域を1ヶ月以上経ってから設定するのならば、同心円ではなく、科学的調査に基づいた区域設定を行うべきである
(2)単純に警戒区域を同心円状に設定するのであれば、少なくとも1ヶ月前に行うべきであった
以下は、上図の出典元からの説明の引用です
Radiological Assessment - of effects from -Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant
(April 18, 2011)Aerial Measuring Systems have totaled more than 334 flight hours in support of aerial monitoring operations NNSA's Consequence Management Response Teams have collected approximately 150,000 total field measurements taken by DOE, DoD, and Japanese monitoring assets 504 total air samples taken at US facilities throughout Japan undergoing lab analysis in the US
First-Year Dose Estimate commencing March 16, 2011:
Map shows the radiation dose that would be received by people in the first year following the release of radioactive material from the Fukushima Daiichi plant.First-Year 2 rem Threshold
People who did not evacuate this area before the releases occurred would be expected to receive 2 rem or greater dose if they remain in that area for one year following the release. This area is indicated by red. Those that did evacuate the red area prior to plant release (prior to 16 March) would be expected to receive less than a 2 rem dose.
First-Year 100 millirem Threshold
People who did not evacuate this area before the releases occurred would be expected to receive 100 millirem or greater dose if they remain in that area for one year following the release. This area is indicated by blue.Assumptions
This dose estimate is conservative and assumes no dose reduction factor for spending time indoors.
This dose estimate takes into account radioactive decay of the source material.
This dose estimate includes the effects of external radiation due to material deposited on the ground and inhalation of re-suspended radioactive particles.Notes
Based on 10 fixed-wing aerial surveys
Dose conversion factor (DCF) computed for each flight to account for decay
Computed dose based on NRC-supplied radionuclide mix, consistent with results to date for nuclides that have been measured
放射性物質:顔料使ってセシウム汚染水浄化 東工大が開発
医薬品などに使われる市販の顔料で、原子炉から発生する放射性物質のセシウムに汚染された水を浄化する技術を、東京工業大原子炉工学研究所長の有冨正憲教授(原子力工学)らのチームが開発した。東京電力福島第1原発の事故で発生している汚染水の処理のほか、周辺の池や沼の浄化にも活用できるといい「一日も早い地域の生活、農業再建に役立てたい」としている。
チームは、青色顔料の一種「紺青」の主成分「フェロシアン化鉄」に、セシウムを吸着する働きがある点に着目。汚染水にこの顔料を混ぜ、遠心力で分離した後、セシウムとともにフィルターでこし取るシステムを開発した。
実験では、化学的な性質が同じで放射線を出さないヨウ素、セシウム、ストロンチウムを海水に混ぜ、同原発の高濃度汚染水に相当する模擬汚染水(ヨウ素、セシウム各10ppm=1ppmは100万分の1)を再現。模擬汚染水100ミリリットル当たり顔料1グラムを入れたところ、処理後の水から検出されたセシウムの濃度は1万分の1以下となり、ほぼ100%除去できた。
ヨウ素とストロンチウムは除去できないが、ヨウ素は半減期が8日と短いため問題は小さく、ストロンチウムもセシウムに吸着する性質を使って除去率を上げることは可能だ。
泥水の浄化などに使われる既存の可動式装置を使えば毎時最大300リットルを処理でき、処理後の水は原子炉の冷却水に再利用する方法が考えられるという。
有冨教授は「福島原発で発生している汚染水に適用が可能だ。土壌の浄化にも応用したい。日本の科学の英知を合わせて復興に取り組むべきだ」と話す。
(毎日新聞2011/4/15)
福島第1原子力発電所から発生する高濃度の汚染水。
長期間に亘り、この汚染水を処理しながら原子炉を冷却していかなければならない状況で、期待のできる技術が開発されました。
濃紺の化合物が日本を救うことになるかもしれません。
記事中にあるフェロシアン化鉄(紺青・プルシアンブルー)は濃紺の顔料として一般的に用いられている化合物です。
(上図はウィキメディアより引用)
フェロシアン化鉄はセシウムと結合しやすいという性質があるため、例えば原子力関連の事故で誤ってセシウム137を経口摂取してしまったなどは、フェロシアン化鉄を服用することにより体外への排出を促進させる治療が行われます。
チェルノブイリでの事故の際には、家畜(肉牛・乳牛など)の飼料に混ぜて使用したこともあるようです。
今回開発された技術は、汚染水をフェロシアン化鉄によりろ過することにより、セシウムをほぼ100%除去する仕組みです。
吸着した放射性物質を遠心分離機で分離して放射性物質のみを除去するということが画期的といえます。
この技術が即座に運用できるのであれば、問題解決の大きな一歩となることでしょう。
さらに、周辺地域の土壌汚染の除去にも力を発揮しそうです。
蛇足ですが、有冨正憲教授は、内閣官房参与に任命されてから、それまで福島第一原発で行われていた海水注入について「緊急避難としてはやむを得ない措置であるが、塩分が炉内に溜まることにより冷却能力が低下して腐食が進んでしまうので、早急に真水に切り替えなければならない」と提言され、それにより、ようやく政府や東電が真水注入に切り替えたという経緯があります。
海水注入のような対処療法的なことをいつまでも続けていては問題解決に繋がりません。
ここからはピンチをチャンスに変える期待を込めた蛇足ですが、もしも、この汚染水処理技術により汚染水問題を克服し、技術確立ができた場合は、日本は逆にこの技術を通して核汚染で苦しむ他の世界各地を救うことにも繋がるはずです。
そのような期待も込めて、問題解決に歩みを進めることができる対策が着実に進むことを節に望みます。
東日本大震災の発生から1ヶ月。
被災地のとある場所でこの日を迎えることとなりました。
(※正式な要請に基づく災害復興支援です。むやみな現地入りは迷惑になりますのでご注意ください)
詳細はまた追って報告いたしますが、とにかく、地震発生、津波に襲われて以降、この街の時間が部分的にストップしてしまった感があります。
ただひたすら、みんなで力を合わせて泥の掻き出し作業を続けています。
1ヶ月前の地震発生の時刻に合わせて、一旦作業の手を止め、皆で慰霊法要を営みました。
今日居る御寺院様は建物の倒壊は免れたものの、津波に2メートル程の高さまで襲われ、伽藍の内部はかなり大変な状況です。
全員長靴、作業着という姿で本堂で読経しました。
夕方になり、大きな余震が何度か発生しています。かなり大きな揺れが続きました。
安全に注意しながら作業を進めていく予定です。
(しばらくブログの更新は滞るかもしれません)
〔雨ニモマケズ〕宮澤賢治雨ニモマケズ |
粉雪が舞う被災地を、祈りをささげながら歩く僧侶=4日午前、岩手県山田町
(2011/4/04 配信のニュースより)
東日本大震災で、発見されながらも身元が判明しない遺体をめぐり、自治体の対応が揺れている。遺体の損傷が激しく、警察は「これ以上放置はできない」と自治体への引き渡しを決め、宮城県石巻市や岩手県大船渡市では5日、集団埋葬や火葬が始まった。「家族の体をこの目で確かめたい」と遺体安置所に通い続ける被災者。一方で家族に見送られず埋葬される犠牲者。自治体にとってもぎりぎりの判断だった。
身元不明犠牲者のひつぎに敬礼する自衛隊員(奥)=3日午後、宮城県東松島市(産経新聞より)
5日午前11時ごろ、石巻市の総合体育館。防災無線から「総合体育館の遺体安置所を閉鎖します」と放送が流れた。この日、身元が判明しないまま仮埋葬されることになった23体の遺体を収めたひつぎが葬儀会社の職員によって次々体育館そばの墓地に運び出された。ひつぎは墓地にうがたれた縦長の穴に下ろされていく。僧侶による読経が行われ、職員や埋葬を受け持つ土木作業員が焼香する。本来、見送るべき家族の姿はそこにはなかった。
県警は、遺体の検視を終え、特徴や服装などの資料をそろえた上で発見から7~10日で自治体に引き渡す方針だった。それがずれ込んだのは家族の姿を捜し、連日安置所に通う被災者らの思いを考慮してのことだった。
仮埋葬に踏み切ったことについて石巻市の担当者は「遺族の思いを考えると、苦渋の決断だが、震災から3週間以上たっていることを考えると、ぎりぎりの期限だった」と漏らした。
岩手県大船渡市でも5日、身元不明遺体の引き渡しを受け、7体について火葬が行われた。住民に周知されることもなく、市の職員たちだけに見送られた。
宮城県内で身元が分からなかったり、家族がまだ引き取らない遺体は約1300体。岩手県内では約880体に上る。身元不明のまま仮埋葬や火葬される遺体はさらに増える見通しだ。
(産経新聞デジタルニュース 2011/4/5より)
東日本大震災被害の被害状況の全体像が少しづつ見えてくるに従って死者行方不明者は増え続け、3万人に近い数となってしまいました。
改めて犠牲となられた多くの方に弔意を表します。
世界銀行は、日本の震災復興費用は最大2350億ドル(約20兆円)となる報告書を発表しました。
さらに、福島第1原子力発電所の事故は未だ予許さない状況にあり、復興の足かせになるだけでなく深刻な影響を長期にわたり与え続けることとなりそうです。
今日の記事は、負の遺産としての福島第1原子力発電所の問題と、原子力発電施策について考えてみます。
菅直人首相は、東京電力福島第1原子力発電所の原子炉について廃炉になる可能性が高いとの見通しを示したが、廃炉にするには30年もの時間と1兆円以上の費用がかかるとの見方が、専門家らの間に浮上している。
地震後の大津波で冷却システムが崩壊したことから、6基ある原子炉のうち4基には冷却するために海水を入れたため、復旧は不可能になった。
■6基すべて対象か
日本エネルギー経済研究所原子力グループの村上朋子グループリーダーは、福島第1原発1~4号機について、冷却し放射能物質を除去し保管した後に廃炉にする必要があると指摘した。
1979年に起きた米ペンシルベニア州のスリーマイル島原発の汚染除去を中心とする廃炉には12年かかったが、京都大学原子炉実験所の宇根崎博信教授は、福島第1原発の廃炉にはより多くの年月が必要だとの見通しを示した。
菅首相は津波に対する防災が不十分だったとし、東電の安全基準が低すぎたと批判した。1~4号機の燃料棒冷却も高い放射線量を含む水が管理区域外でも検出されるなど障害に阻まれ作業が進んでいない。
米パーデュー大学のダニエル・アルドリッチ教授(政治学)は「国民の支持がない中では6基すべての廃炉を余儀なくされる可能性もある。残りの2基を救おうと思えば、国民の支持を得なければならないが、難しいだろう」と語った。
東電の広報担当、松本直之氏は3月29日、「福島第1原発の事故対応に専念しており、同原発の将来についてはコメントできない」と述べた。
■費用膨らむ可能性
日本の原子力当局は福島第1原発の事故を国際原子力エネルギー機関(IAEA)の原発事故基準で7段階のうち「5」としている。1段階上がるごとに事故の深刻度は10倍になる。スリーマイル島事故では、原子炉1基が一部溶融し米原子力史上最悪となり、7段階の「5」とされた。世界原子力協会のウェブサイトによると、修理と洗浄に12年、9億7300万ドル(約806億円)かかった。洗浄作業には1000人以上の作業員が携わった。
日本エネルギー経済研の村上氏は、日本の力だけで行うとすれば、福島第1原発の廃炉には約30年かかるとの見通しを示した。
日本原子力発電は98年に32年の運転を終了した茨城県東海村の原子炉を廃炉にする作業を開始した。作業完了予定は2021年で、費用は885億円。01年6月まで3年かけて原子炉を安定させ、核燃料を炉心から除去した。
日本原子力発電に13年間勤務し、東海村の原子炉廃炉にも携わった村上氏は「東電が4基の原子炉を廃炉にするのは議論の余地がないことだろう。費用はおそらく1兆円を超えるだろう。損傷した燃料棒を原子炉から除去するだけでも2年以上かかる。作業がずれ込めば費用も増加する」と予想した。
(産経新聞 2011.4.1)
1度稼動した原子力発電所を停止させるのは大変なことです。
ましてや、津波により冷却機能を失ってしまった複数の原子炉を冷温停止させ廃炉にすることは、想像を絶する困難な作業です。
このことは地震発生後早い段階でわかっていた はずですが、政府・東京電力・原子力保安院は情報を小出しにしてきました。
(左)福島第1原子力発電所の1~4号機(奥が1号機、手前が4号機)
(右)3号機(プルサーマル機)。配管の損傷が著しい
冒頭に引用した記事のように、廃炉にするには30年もの時間と1兆円以上の費用がかかるようです。
これより増えるか減るかは今後の対応次第で大きく変わるでしょう。
また、バンクオブアメリカ・メリルリンチの29日付の投資家向けリポートによると、東京電力のの損害賠償額は、最悪の場合約10兆円に上る可能性があるとしています。
廃炉にするために1兆円、被害の損害賠償に10兆円、賠償しきれない二次的被害を含めるとどれだけの損害になるのでしょうか。
現在、福島県各所から東京にかけて観測されている放射性物質は、主に3号機爆発などによる使用済み核燃料の拡散によるものだ仮定すると、今後新たな爆発さえ無ければ原発から30キロ圏外への新たな拡散はそれほど心配でなく、徐々に低下していくのではないかと考えます。
この楽観的な仮定が正しいとすると、まずは土壌表層に積もった放射性物質を早期に除去し、また放射性物質のモニタリングを緻密に行い、風評被害を最小限に留めることが必要でしょう。
問題は原発から30キロ圏内です。
現在避難指示が出されている福島第1原子力発電所から半径20kmの圏内には、約2700もの事業所があり、労働者数は約3万3千人とされています。
また、屋内退避の20-30km圏内には約2100事業所と約2万5千人の労働者が居りますが、こちらもほとんど営業できない状態です。
つまり、5万8千人の雇用が失われていることとなります。
事業所に勤める方だけではなく、土地や海に根ざす第1次産業の方々も多くいらっしゃいます。
その場所を捨てて他の地に避難するということは、生活、生計手段を全て失うことを意味します。
土地や空気や海が汚染されてしまったことのもつ影響はとてもとても大なものです。
この圏内の避難指示・屋内退避指示がいつ解除されるのか、その見通しは立っておらず、廃炉に30年かかることと考え合わせると、十年単位の月日が掛かることも想像できます。
初期段階での対応が遅れ続けると、この試算の費用、期間がさらに拡大していきます。
また、海洋に漏出し続けている高濃度の汚染水もやっかいな問題です。
東京電力福島第1原子力発電所から、高濃度の放射性物質を含む汚染水の検出が相次いでいます。
その汚染水がタービン建屋の地下から漏れているのか、建屋外の作業用トレンチから漏れているのか、その原因すらはっきりしていません。
しかしながら、原子炉格納容器や使用済み核燃料プールに冷却水を継続的に注入していかなければならず、今後も汚染水は漏れ続けていくことは免れません。
早急に汚染水漏出の原因を突き止め、抜本的な対策を取らないと、後々取り返しの付かないことになります。
放射性物質が拡散してしまった後では、その除去に膨大な時間と費用がさらに掛かることになるからです。
汚染水、壁面の亀裂から海へ 流出場所を初確認 2号機
(朝日新聞 2011年4月2日)
昨日の報道で、コンクリート製ピット取水口側に長さ20センチに亘る亀裂があり、そこから原子炉から直接流れ出たと考えられる汚染水が勢いよく海に放出されていることが確認されています。
ピット内部では1時間あたり1シーベルト以上!、ピット上部では400ミリシーベルトという途轍もなく高い放射線量を計測しています。
地下に溜まっていた汚染水の放射能濃度は、1cm3当たり2000万ベクレルで、通常運転時の原子炉内の水の約10万倍・・・・。
これがピットに流れ着いた段階で数百万ベクレル、流れ出た海水の濃度は数十万ベクレルが観測されています。
つまり、放水口近辺では、海水が「通常運転時原子炉内の水の約1000倍」の濃度で汚染されていることになります。
原子炉から直接流出していると考えられる理由は、そのとてつもなく高い濃度と、取水口付近の海水からウラン燃料に由来するヨウ素131が検出されているためです。
冷却作業を効率的に行いながら、汚染水の拡散を防ぐための方策を、アメリカ・フランスなど原子力発電先進国と協力の上、早急に行う必要があります。
海洋や地下に汚染水を漏出させ続ける状況は絶対に避けなければなりません。
東日本全体に亘る復興の機運が損なわれることの無いよう、また、国際的に大きな問題に発展する前に一日も早い抜本的対策を求めます。
現在は福島第1原子力発電所の対策に全力を注ぎ、対策が軌道に乗ってからは、次の段階で日本のエネルギー政策について真剣に議論されるべきと考えます。
これまで日本においては原子力発電が経済的側面から最も有利な電源とされ、それが開発推進の大きな根拠とされてきました。
発電種別ごとの発電単価は原子力発電が最も低コストであるというものが殆どでした。
果たしてそうなのでしょうか。
経済産業省のホームページに掲載されている 第8回 コスト等検討小委員会 報告書等(平成16年1月23日 電気事業連合会提出)資料を引用します。
これは、法定耐用年数運転を行った場合の発電コストを比較したものです。
設備利用率の割合を変化させた場合の比較です。
この図を見る限り、原子力発電のコストは特段有利というわけではないことが判ります。
日本の原子力発電所の設備稼働率の平均実績値はそれほど高くありません。
また、柏崎刈谷発電所や、浜岡原発など、事故によって長期間停止している原子炉も多く存在しています。
さらに言及すれば、例えば原子力発電所開発に要する膨大な開発費用、高レベル放射性廃棄物処分や解体廃棄物処分に伴う費用、国家財政からの原子力関連に投入される費用などはコスト検討に全て含まれておらず、さらに今回のように事故が起こった場合の費用は想定されていません。
顕著な例では、福井県の原子力発電施設「もんじゅ」は膨大な研究開発費用を投入して稼動にこぎつけたものの、昨年の事故により発電することも廃炉することも叶わず、発電すらしない設備に今後年間何百億円もの維持費用を継続的に投入していかなければなりません。
総合的に判断して、これから建設する予定の原子力発電所については計画をこのまま推進していくことが賢明なのかを真剣に考えていく必要があるでしょう。
現在稼働中の原子力発電所については、今回の震災による被害を教訓に二度と同じ事故が起きないような対策を講じることが求められます。
コスト追求のために安全性を損なってしまっては本末転倒です。
正式なパンフレットができましたので掲載いたします。
IDIOT SAVANT theater company × 津軽三味線・小山内薫
予約機能つきタイムテーブル
*開場は開演30分前、受付開始は開演1時間前
*公演後レセプションあり
会場 貞昌院 (map) (横浜市営地下鉄ブルーライン・上永谷駅から徒歩5分)
当日問合せ:080-6587-8803
作.演出 恒十絲
出演 朱尾尚生
櫻井宇宙
竹中香子
石田迪子
近藤康弘
坂本カンタ
藍沢誠(-saly.s-)
下山マリナ(世田谷シルク)
小山内薫
舞台美術 池原哲男(池原一級建築士事務所)
舞台監督 小林英雄
照明 赤田智宏(日高舞台照明)
音響 筧良太
衣装 虎井想市
振付 サミュエル.ボンヌ
演出助手 R.フレッド 桑原彩香
宣伝美術 越阪部ワタル(Lovedesign.co)
制作 高崎都
制作補 湯本綾子
小野寺愛(こまどりの会.代表)
来年、貞昌院本堂を会場として劇団 IDIOT SAVANT theater company × 津軽三味線・小山内薫氏による公演が予定されています。
パンフレットが出来上がりましたので、インフォメーションとして掲載いたします。
IDIOT SAVANT theater company × 津軽三味線・小山内薫
かなた、れんだいのにて
彼方、蓮台野にて
TPAMiY/国際舞台芸術ミーティング in Yokohama・ショーケース出品作品
■作品紹介
■会場 貞昌院(横浜市営地下鉄ブルーライン・上永谷駅から徒歩5分)
当日問合せ:080-6587-8803
■日時指定・全席自由
前売・当日3300円 学生2700円(学生証提示)
*貞昌院割引:右上のチラシ画像を印刷しお持ちの方は2700円
*TPAMパスをお持ちの方は無料
■チケット予約・問合せ
IDIOT SAVANT theater company(イデイオ・サヴァン シアターカンパニー)
e-mail idiot.savant@nifty.com
tel :080-6587-8803 fax :042-208-3077
http://homepage3.nifty.com/idiotsavant/
■作・演出
恒十絲
■出演
末尾尚生/櫻井宇宙/竹中香子/石田迪子/近藤康弘/坂本カンタ/藍沢誠(saly.s)/下山マリナ/(アリー・エンターテイメント/世田谷シルク)/小山内薫
■恒十絲プロフィール
詩人・演出家・劇作家。1970年生まれ。
川村毅を師事、第三エロチカを経て、2002年劇団 Purkinje Phenomenon(プルキニエ・フェノメノン)を設立。「空々会場しい爪の叙情的噂好」「XとRの動機」「耽溺」を発表。05年に現 IDIOT SAVANT theater company に集団名を改称、現在までに「馴れあう観客」「黒縁のアテ」「KINK」「弄ぶ人ほどに」全作品の作・演出を手がける。
恒十絲の紡ぐ硬質で抒情的な詩・テキストを基軸に、演舞、映像、音楽、美術、そして場所とを融合させ、パフォーミングアーツ・演劇などカテゴリーに嵌められない固有の作品空間を構築してきた。
07年タイニイアリスから招聘をうけ、アリスフェスティバルの大トリとして第2作を発表、好評を博し、08年3月東京芸術見本市にて第3作を出展。また、スポーツ医学に則り日本人の体躯にあった独自の身体理論を提唱し、05年よりワークショップを実施している。
■小山内薫プロフィール
津軽三味線奏者。1979年生まれ。
12歳の時、師匠である多田あつしの生演奏を間近で聴き、臓細な音色、力強い響きに圧倒され弟子入り。今どきな風貌とは裏腹に、津軽三味線に対するこだわりには職人的な一途さがある。三味線音楽の可能性を追求し、ロックバンドとの競演等、活動の幅を広げる若手のホープ。昨今の三味線のコラボ、セッションにありがちな安易さが感じられないのは、独自のスタイルを確立している証でもある。2005年には「吉田兄弟」プロデュースの津軽三味線ユニット 『疾風(はやで)』として活動を開始し、07年7月にアルバム『impressions』(疾風)を発表。06年の全国大会に出場した時の模様は『NHKにんげんドキュメント」でとり上げられ、また、ロシア・ブラジル・ウルグアイ・グァムなど海外での公演や、全国大会での多数の受賞歴を持つ。
70年前に絶滅されたとされるクニマスを発見したきっかけは、さかなクンの目利きでした。
さかなクンがクニマスに似たヒメマスを全国各地から取り寄せたところ、富士五湖の西湖から届いた中に通常のものより黒い個体があり「どう見てもヒメマスじゃない」と感じてよくよく調べてみたらやはりクニマスだったということです。
西湖では、これまでにも「クロマス」と呼ばれる黒いマスが10匹に1匹程度の割合で簡単に釣り上げられていたそうですが、漁師にも釣り人にも「ヒメマスの黒い変種」としか認識されていませんでした。
歴史に残る大発見は、誰しもが目にしている何気ない事象から「気付く」か「否か」というちょっとした違いから生まれます。
広い海へ出てみよう
中1のとき、吹奏楽部で一緒だった友人に、だれも口をきかなくなったときがありました。いばっていた先輩(せんぱい)が3年になったとたん、無視されたこともありました。突然のことで、わけはわかりませんでした。
でも、さかなの世界と似ていました。たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽(すいそう)に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃(こうげき)し始めたのです。けがしてかわいそうで、そのさかなを別の水槽に入れました。すると残ったメジナは別の1匹をいじめ始めました。助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます。
広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です。
中学時代のいじめも、小さな部活動でおきました。ぼくは、いじめる子たちに「なんで?」ときけませんでした。でも仲間はずれにされた子と、よくさかなつりに行きました。学校から離れて、海岸で一緒に糸をたれているだけで、その子はほっとした表情になっていました。話をきいてあげたり、励ましたりできなかったけれど、だれかが隣にいるだけで安心できたのかもしれません。ぼくは変わりものですが、大自然のなか、さかなに夢中になっていたらいやなことも忘れます。大切な友だちができる時期、小さなカゴの中でだれかをいじめたり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。外には楽しいことがたくさんあるのにもったいないですよ。広い空の下、広い海へ出てみましょう。
(『いじめられている君へ/いじめている君へ』東京海洋大客員助教授・さかなクン/朝日新聞2006年12月2日掲載)
私たちは多くの大切なことや小さな心の叫びを見過ごしてしまっているのかもしれませんね。
クニマスはさかなクンだからこそ見分けることが出来たのでしょう。
「菅仙谷」川崎市多摩区に意味深地名と史跡、政権暗示?「小沢」も登場/神奈川
川崎市多摩区に興味深い地名がある。その名も「菅仙谷」。秋から冬に移り変わるこの季節。菅直人首相と仙谷由人官房長官を思い浮かべながら地域を歩くと、偶然とは思えない史跡にも遭遇した。
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菅仙谷の読みは「すげせんごく」。多摩区と東京都稲城市との市境に位置し、近くによみうりランドや読売ジャイアンツ球場がある。
川崎市が発行した「川崎の町名」(日本地名研究所編)に、由来が記されている。周辺には菅、菅馬場(すげばんば)、菅北浦など「菅」が付く地名が広がっており、同書によると、多摩川の河原に草の菅が茂っていた、あるいはかつての橘樹(たちばな)郡菅生郷から一字を取ったなど、諸説あるという。また仙谷は、仙人が住む谷との言い伝えからこう呼ばれたとか。
坂が多く、道が入り組んでおり、同じ場所をぐるぐる回ってしまった。そんな時に目にしたのが住宅の塀に張られた菅首相のポスター。隣には「この先行き止まり」の看板があり、政権の苦悩を暗示するかのようだ。![]()
さらに歩くと、住宅街の一角に滑り台やブランコがあるこぢんまりした公園があった。その名も「菅仙谷なかよし公園」。1組の家族が砂場で遊んでいた。公園からすぐ近くに雑木林の入り口を見つけた。![]()
「小沢城址(じょうし)ふれあいの森」。ハイキングコースを登ると、碑が立っていた。菅仙谷地域を見下ろすように小沢城址がある。民主党内に今も強い影響力を持つ小沢一郎氏。"チルドレン"ならぬ幼稚園児約100人が仲良くお弁当を広げていた。
小沢城は、鎌倉時代の北の防衛線としての山城で、城主は源頼朝の重臣だった稲毛三郎重成。戦国時代にかけて何度も合戦の舞台となったようだ。
「菅仙谷」や「小沢城」。意味深な地名を住民はどう思っているのだろうか。
小沢城址で草刈りなどの保全活動を続けている男性(79)は「『菅仙石』とよく間違われたので説明しやすくなった。この地域が知れ渡るきっかけになればいい」と話す。なかよし公園で孫と遊んでいた女性(61)は「今まで意識したことがなかったけれど、言われてみると面白い偶然」と驚き、難局が続く菅・仙谷体制には「もう少し長い目で見てあげてもいいのではないか」と"地元"らしいまなざしを向けていた。
(カナロコ 2010年11月29日より記事と写真を引用)
歴史の生み出す偶然とはいえ、すごいですね。
小沢城は鎌倉街道の要所であって、平安時代に稲毛三郎重成により築かれたとされると伝わる歴史ある場所です。
多摩川を渡す矢野口の渡しの前に構える重要な城でした。
小沢城址の所在地が「川崎市多摩区菅仙谷1」ということ自体、何か因縁めいたものを感じますね。
さらに、小沢城址、菅仙石なかよし公園は多摩区ですが、わずか数100メートル南に行けば、そこは麻生区です。
内閣支持率が1%でも辞めないと発言したとされる菅総理大臣。
日本は「この先行き止まり」なのか、それとも...
その行く手は如何に。
横浜でAPECが閉幕したこの日、広島市で11月12日から14日の日程で開催されていた第11回「ノーベル平和賞受賞者世界サミット」が閉幕しました。
ノーベル平和賞受賞者世界サミットはノーベル平和賞の受賞者たちが一堂に集い、平和、人権擁護、非暴力について議論を行うものです。
1999年ゴルバチョフ財団の提案により開催され、2007年までの8回はローマで行われました。
2008年にはベルリンの壁崩壊20周年を記念してベルリンで、2008年は世界人権宣言60周年を記念してパリで開催されました。
これまでのテーマは「世界平和構築の重点課題」「経済危機による貧困の緊急課題」「水源管理の問題」「政治経済的倫理のありかた」「異なる文化、宗教、慣習の共存」「アフリカ大陸の現状」「核兵器の危険性の再浮上」「人権や民主主義の価値を守るための次世代の中心的な役割」などなど。
過去10年間の参加者は以下の通りです。
Mikhail Gorbachev – H.H. The Dalai Lama – Frederik Willem De Klerk – Lech Walesa – Oscar Arias Sanchez – Shimon Peres – Jose Ramos-Horta – Kim Dae Yung – Muhammad Yunus – Betty Williams – Mairead Corrigan Maguire – Jody Williams – Philipe Ximenes Belo – David Trimble – John Hume – Rigoberta Menchù Tum – Adolfo Perez Esquivel – Joseph Rotblat, Unicef (United Nations Children’s Fund) – UN (United Nation) – U.N.H.C.R. (United Nation High Commissioner for Refugees) – Pugwash Conferences on Science and World Affairs – I.P.P.N.W. (International Physicians for the Prevention of Nuclear War) – I.P.B. (International Peace, Bureau) – American Friends Service Committee – Médecins Sans Frontières – Amnesty International – I.L.O. (International Labour Organization) – I.C.B.L. (International Campaign to Ban Landmines) – IAEA (International Atomic Energy Agency) Grameen Bank – Red Cross, IPCC (intergovernmental Panel on Climate Change)
そして、今年は『ヒロシマの遺産:核兵器のない世界』をテーマに広島での開催となりました。
(右写真は中国新聞より引用)
「被爆者のメッセージをもっと世界に発信していく必要がある。対話と協力、寛容の心で新しい時代をつくっていくべきだ」「(世界に存在するさまざまな対立を)力で解決するのは時代遅れだ」「中国の知識人たちは時々寛容の精神を忘れてしまう」「08憲章を支持する」(ダライ・ラマ法王)
「道は短くないし容易でもないが、核兵器廃絶の実現は可能。実現に移すことが大切だ」(議長のベルトローニ前ローマ市長)
ノーベル平和賞の受賞者たちが広島に集うという意義深いノーベル平和賞受賞者世界サミットに、アウン・サン・スー・チー氏も劉暁波氏も参加できませんでした。さぞかし参加したかったことでしょう。
また、APECのために来日しているオバマ大統領は、この日鎌倉を訪問、鎌倉大仏などを参拝し思い出の抹茶アイスを堪能しています。
それはそれで良いのでしょうけれど、ちょっと足を伸ばしてノーベル平和賞受賞者世界サミット最終日に顔を出してくれたら・・・とも思います。
ノーベル平和賞受賞者世界サミットは、「人の暮らす地に核兵器を落とすことは人類に対する犯罪とみなされるべきだ」などを主旨とする最終宣言を発表して閉幕となりました。
THE SUMMIT FINAL DECLARATION ON THE ABOLITION OF NUCLEAR WEAPONSThe undersigned Nobel Peace Laureates and representatives of Nobel Peace Prize organisations, gathered in Hiroshima on November 12-14, 2010, after listening to the testimonies of the Hibakusha, have no doubt that the use of nuclear weapons against any people must be regarded as a crime against humanity and should henceforth be prohibited.
We pay tribute to the courage and suffering of the Hibakusha who survived the atomic bombings of Hiroshima and Nagasaki in August 1945 and honour those that have dedicated their lives to teaching the rest of the world about the horrors of nuclear war. Like them, we pledge ourselves to work for a future committed to peace, justice and security without nuclear weapons and war.
“Nuclear weapons are unique in their destructive power, in the unspeakable human suffering they cause, in the impossibility of controlling their effects in space and time, in the risks of escalation they create, and in the threat they pose to the environment, to future generations, and indeed to the survival of humanity.” We strongly endorse this assessment by the International Committee of the Red Cross, three times recognised with the Nobel Peace Prize for its humanitarian work.
Twenty-five years ago in Geneva, the leaders of the two largest nuclear powers declared that “a nuclear war cannot be won and must never be fought.” There has been some substantive progress since then. The agreements on intermediate range nuclear forces (INF); strategic arms reductions (START); and unilateral and bilateral initiatives on tactical nuclear weapons, have eliminated tens of thousands of nuclear weapons. We welcome the signing by the United States and Russia of the New START treaty and the consensus Nuclear Disarmament Action Plan that was adopted by the 2010 Nuclear Non-Proliferation Treaty Review Conference.
Nevertheless, there are still enough nuclear weapons to destroy life on Earth many times over. The proliferation of nuclear weapons and the possibility of their use for acts of terrorism are additional causes for deep concern. The threats posed by nuclear weapons did not disappear with the ending of the Cold War.
Nuclear weapons cannot be disinvented, but they can and must be outlawed, just as chemical and biological weapons, landmines and cluster munitions have been declared illegal. Nuclear weapons, the most inhumane threat of all, should likewise be outlawed in keeping with the 2010 NPT Review Conference final document, which reaffirmed “the need for all States at all times to comply with applicable international law, including international humanitarian law”.
Efforts to rid the world of nuclear weapons must proceed along with measures to strengthen international law, demilitarize international relations and political thinking and to address human and security needs. Nuclear deterrence, power projection and national prestige as arguments to justify acquiring and retaining nuclear weapons are totally outdated and must be rejected.
We support the UN Secretary General’s five point proposal on nuclear disarmament and proposals by others to undertake work on a universal treaty to prohibit the use, development, production, stockpiling or transfer of nuclear weapons and nuclear weapon technologies and components and to provide for their complete and verified elimination.
• We call upon heads of government, parliaments, mayors and citizens to join us in affirming that the use of nuclear weapons is immoral and illegal.
• We call for the ratification without delay of the START agreement by the United States and Russia and for follow-on negotiations for deeper cuts in all types of nuclear weapons.
• We call on all nuclear weapon possessor states to make deep cuts in their existing arsenals.
• We call on the relevant Governments to take urgent steps to implement the proposals agreed on in the 2010 NPT Review Conference Final Document towards realising the objectives of the 1995 resolution on the Middles East.
• We call on China, the United States, Egypt, Iran, Israel and Indonesia to ratify, and on India, Pakistan and North Korea to sign and ratify the Comprehensive Test Ban Treaty that has already been ratified by 153 nations so that the Treaty can be brought into full legal force.
• We call on nations to negotiate an universal treaty to abolish nuclear weapons, in partnership with civil societyTo ensure that the horrors of Hiroshima and Nagasaki never reoccur and to build a world based on cooperation and peace, we issue this call of conscience. We must all work together to achieve a common good that is practical, moral, legal and necessary – the abolition of nuclear weapons.
■ノーベル平和賞受賞者世界サミット公式サイト
http://www.nobelforpeace-summits.org/
最近、小学校教師が授業中児童に新聞の切抜きで脅迫文を作らせたり、一日何人殺したら全員を何日で殺せるかという問題を出したり、考えられないような報道がなされています。
その中で、他の問題とは次元を異にするように思える事例がありました。
東京都杉並区の区立浜田山小学校で、女性教師(23)が3年生の算数の授業中、児童に「妹を殺せば会える」という答えが正解となるクイズを出題していたことが23日、わかった。同校校長宛てに21日、届いた匿名の投書で発覚した。校長はこの教師を口頭で注意、23日開かれた緊急保護者会で教師は保護者に謝罪した。
区教委によると、教師はクラス担任で、19日の算数の授業中、21人の児童に対して口頭で「3人姉妹の長女が自殺して、その葬式が行われた。葬儀に参列した男子を次女と三女が好きになってしまいました。葬式後、次女がこの男子に会うにはどうしたらいいですか?」と出題。「お葬式だよ」とヒントを出すと、児童の1人が「妹を殺しちゃう」と答え、「正解です」とした。
区教委によると、教師は「前週に行ったクイズが好評で、この日も児童にせがまれ、大学時代に聞いたクイズを思い出して話してしまった」と説明しているという。
井出隆安教育長は「学校教育への期待を裏切り、信頼を失わせるものであり、誠に遺憾。児童や保護者の皆様にご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます」とのコメントを発表した。
(産経新聞2010.10.23)
この問題を出題した教師は「大学時代に聞いたクイズを思い出して話してしまった」と話しているようですが、その出典はサイコパス(精神病質者)を判定する心理学テストの有名な設問です。
教師はそのことを知っていたのでしょうか。
もし知っていたとしたら、その教師にこそサイコパスの資質があるように思えますし、知らずして問題を出したのだとしたら、余りにも軽率です。
A woman, while at the funeral of her own mother, met a guy whom she did Not know.
She thought this guy was amazing. She believed him to be her dream guy so much, that she fell in love with him right there, but never asked for his number and could not find him. A few days later she killed her sister.
Question: What is her motive in killing her sister?
アメリカで、犯罪容疑者に上記のようなテストを行ったところ、普通の人が回答に戸惑うような設問であるにもかかわらず、Serial killer(連続殺人者)たちは、悉く正解をしたそうです。
報道ではあまり触れられていませんが、問題なのは、精神病質者の判定に使われる問題を児童に提示したこと、そして、連続殺人者に多く見られる思考回路によって導き出されるような「模範解答」を、児童にヒントまで与えて導き、「正解」として教えたということにあります。
考えさせられる事例でした。
子どもは、両親や先生の言葉や態度を繰り返し見て、聞いてそれを真似しながら覚えていきます。
人格や性格は子どもの頃にどのような言葉や態度を投げかけられたかにより大きく影響されるものであると思います。
様々な報道に触れるにつれ、子どもに対する言葉や態度にはその人のこれからの人生をも左右する重みのあるものであることを意識したいものだと改めて考えます。
チリのサンホセ鉱山起きた落盤事故で、閉じこめられていた作業員33人が10月13日、全員救出されました。
最後に救出されたリーダー、ルイス・ウルスアさんの下、絶望的な状況の中で全員が一丸となって団結したことができたことが救出の成功に繋がりました。
地上に帰るんだという作業員たちの強い意志、作業員を思いやる家族の支え。この2つのどちらが欠けても救出は成功しなかったことでしょう。
後の報道で、作業員たちは初めは一致団結していた。けれども物資が少しづつ届き始めるようになってから諍いが生じるようになった。豊かさが争いを引き起こした…という証言は、私たちに深い示唆を与えてくれます。
何はともあれ、救出された皆様に対して心より祝福したいと思います。
今回のように深い位置で落盤事故が発生したにもかかわらず全員無事で救出されたことは、稀なことです。
サンホセ鉱山の事故以降も世界各地で鉱山の事故が相次いで報道されています。
鉱山には落盤事故がつきもので、危険と常に隣り合わせですから、事業者には安全には細心の留意を払っていただきたいものです。
稼動している鉱山はもとより、厄介なことは、既に廃業となり放置されている採掘跡がいたるところに存在していることです。
経年変化により廃坑内岩盤の劣化の進展に伴う空洞の崩壊により、突然陥没が起こったり、地表沈下が発生しています。
つい最近では岐阜県・御嵩町に残された亜炭坑の廃坑で、大規模な陥没が発生しました。
この地区は戦中戦後にかけて掘られた亜炭坑の採掘跡が町の中心部の地下に、かつての亜炭坑が網の目のように残されています。
亜炭採掘のピークであった1957年には、御嵩町では炭坑数124、年間43万トンを生産していたとされています。
その上に現在の町が形成されているのです。
しかし、埋戻しなどの陥没予防対策が資金の関係でほとんど進んでいないために、このような陥没事故が繰り返されています。今後、東海地震のような大地震が起きれば、大規模陥没が発生することも心配されます。
このように、頻繁に陥没事故が起こっている地域ばかりが危険であるとは限りません。
亜炭は、日本においては石油が主力となる以前は燃料として利用されていました。そのため、明治中頃から大正・昭和30年頃まで東海地方を中心に、全国各地で貴重なエネルギー資源として盛んに採掘されていました。
その後、エネルギー源の主役が石炭から石油へ転換したために亜炭鉱山は姿を消し、その存在すら忘れられた地区も数多くあります。 災害は忘れたころにやってきます。今後、思いもよらなかった場所で突然陥没が発生することもあるでしょう。
以前、このブログでご紹介したとおり、港南区にも規模は小さいものの数箇所の亜炭鉱山がありました。
⇒港南区の炭鉱と戦争の影
当時使われていたトロッコは木枠の箱で車輪は鉄でした。大体全国このような形で掘られていたのではないかと思います。
写真は昭和17年に撮影された横浜鉱山坑道の入口(港南区最戸町大久保新地)です。
大正10(1921)年測量、大正14年発行による地形図にも「あたん」の文字が見られます。
港南区では昭和30~40年台にかけて一気に人口が増加しました。
戦後まもなくの頃から比べると10倍の人口増です。
かつて鉱山がそこにあったことを知らずに鉱山跡地に出来た住宅地に居住されている方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。
自分の住んでいる場所が、昔はどのようなところであったのかを知ることは、自分の身を守るということにも繋がります。
今後は廃坑の経年劣化により陥没事故が増えていく可能性があります。
御嵩町で起こったような陥没の被害については、岐阜県の場合は鉱害復旧費の基金はあくまでも事後対策費用であって、陥没を予防するための調査や対策には使用できないことになっているそうです。
亜炭炭鉱に限らず、「負の遺産」として残されているあらゆる廃坑の空洞が、どの程度陥没の危険度があるのかを評価し公表することが求められます。
少なくともどこに坑道が通っているのかという調査を進め、危険度を把握し、危険箇所の空洞を充填するなどの予防的措置を進める必要性があると思います。
■関連リンク
ミオシンV:歩くたんぱく質撮影 金沢大などグループ成功
2本脚の構造を持つたんぱく質「ミオシンV」が、脚を交互に前に出して移動する動画の撮影に、金沢大などの研究グループが初めて成功。10日(現地時間)の英科学誌「ネイチャー」(電子版)で発表した。分子を観察する原子間力顕微鏡(AFM)を約5年前に、1000倍速で実用化した高速AFMで撮影した。応用の幅を広げることで、ナノレベルの物質の解明が期待される。
高速AFMで観察した結果、ミオシンVが脚を交互に後ろから前に回しながら出し、大またで歩く動きが初めて確認できた。歩幅は約36ナノメートル(ナノは10億分の1)で、人間なら百メートル10秒28で走る五輪選手並みの速さという。時折、足踏みして立ち止まるような仕草も見せた。ミオシンVは、メラニン色素や神経伝達物質などの物質を荷物として持ち、アクチン繊維に沿って移動する、細胞内の運搬役。動きのダイナミックさで知られる。
(産経新聞2010年10月11日)
ネイチャーに発表された動画がこちらです。
ミオシンVはミオシンモータータンパク質として、生物の身体の中で、特定の物質を目的地へ間違いなく届ける働きをしています。 金沢大学の研究室が動画として撮影できたというのは画期的なことです。
こんなように動き回っているのですね。
健気なものです。
動力源として、回転ブラウン運動を使って歩くように機能する、所謂分子モーターです。
この仕組みが解明されると、今後様々な分野に応用できそうです。
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今日から大本山總持寺後両尊御征忌会随喜。
私自身も、ミオシンVを見習って一歩一歩着実に進めていきたいと思います。
ノルウェーのノーベル賞委員会は8日、2010年のノーベル平和賞を、「中国における人権のため、長年にわたり非暴力的闘争を行っている功績」があったとして、中国で服役中の民主活動家・劉暁波氏(54)に授与すると発表した。
1989年の天安門事件後、中国国内で共産党一党独裁を批判し、民主化を要求し続けてきた同氏への授与は、同委として、中国に対し、政治改革を強く求めたことを意味する。中国側が強く反発するのは必至だ。
同委のトールビョルン・ヤーグラン委員長は記者会見で、「中国は新しい地位に見合った責任を果たせねばならない」と、「責任ある大国」としての行動を促した上で、「中国は多くの国際協定や政治の自由を認めた自国の憲法にさえ違反している」と言論や集会の自由を認めた中国憲法第53条を引き合いに出した。
一方、中国政府から、劉氏に授与しないよう事前に圧力をかけられたことを確認し、不快感を表明した。
中国人の受賞は、1901年に始まった同賞の歴史で初めて。委員長は、劉氏を「中国内外における、人権への闘争のシンボル」と讃えた。
同委は、共産党政権が民主化運動を武力弾圧した天安門事件が起きた89年には、チベット仏教最高指導者で、インドに亡命中のダライ・ラマ14世に同賞を授与した。
文学者で詩人でもある劉氏は、同事件当時の民主化運動に身を投じた後、繰り返し、投獄された。北京五輪が開かれた2008年、インターネットを通じて世界に大きな反響を呼んだ「08憲章」の起草で中心的な役割を果たした。
「社会主義制度の打倒を企てた」などとして、09年に国家政権転覆扇動罪で逮捕され、今年2月に懲役11年の判決が確定、現在、東北部・遼寧省内の刑務所で服役している。
劉氏の妻、劉霞さん(49)は受賞決定に先立ち、自宅のある北京で、本紙などに対し、「夫に対する多くの人々の支持に感謝している。中国政府は夫のペンの力を恐れ、自分たちが権力を失うことを怖がっている」と述べた。
中国は、89年のダライ・ラマ受賞直後には、駐北京ノルウェー大使を外務省に召還している。
授賞式はノーベルの命日にあたる12月10日にオスロ市庁舎で開かれる。委員長によると、劉氏はおろか妻の霞さんにも連絡が取れない状況になっている。賞金は1000万スウェーデン・クローナ(約1億2400万円)。
(2010年10月8日19時20分 読売新聞)
ノーベル賞委員会は中国政府の猛反発にも屈することなく、劉暁波氏にノーベル賞を贈る決定をいたしました。本当におめでとうございます。
これまで海外在籍や亡命している中国人のノーベル賞受賞はありましたが、中国国籍を持ち、中国在住である初の受賞者となります。
しかし、その受賞の価値や重み、受賞理由の詳細などは中国国民には届かないでしょうし、もちろんインターネットの規制も厳重にされることでしょう。
結果、中国の方々は真実を知ることができません。実に不幸なことだと思います。
中国当局、NHKを視聴制限か=劉氏のノーベル平和賞受賞後
中国で民主活動家の劉暁波氏に対するノーベル平和賞授与決定について報じていた8日のNHK海外テレビ放送のニュース番組中、突然画面が真っ黒になり、視聴できなくなった。放送は他のニュースに変わると復旧。中国当局が視聴を制限したとみられる。
国営新華社通信や中央テレビは同賞について報じていない。
(時事通信 10月8日(金)18時21分配信)
やっぱり、中国では厳重な報道規制が敷かれたようです。
この件で中国側が強く反発する姿は、只々世界中の国に中国は人権をいかに軽視する国であるかをアピールするだけのことです。
「過激な行動を取る人もいるが、それが中国の発展と安定に影響を与えるならば受け入れられず、法に触れれば法に基づき処理される。法治こそ最善の人権保障だ」
これが中国政府のもつ人権意識ですからね。
そもそも法治という言葉すら履き違えています。
賞金の1000万スウェーデン・クローナはきっと氏の元には届かないでしょう。それどころか劉暁波氏の安否すら危ぶまれます。
世界全体で氏の安否について注視していく必要がありそうです。
何よりも、劉暁波氏の釈放を心から望みます。
| 08憲章 |
県内の全12養蚕農家廃業へ、繭の"最後"の出荷作業行い名残惜しむ/神奈川
幕末の横浜開港後、生糸貿易の繁栄を支えてきた県内の養蚕業の長い歴史に幕が下ろされようとしている。2011年度には国の養蚕農家への助成制度が廃止されることもあり、県内の県央地区で養蚕業を営んできた農家12戸が廃業方針を打ち出した。1日には厚木市や相模原市などの地元農協(JA)支所で繭の"最後"の出荷作業が行われ、各農家は先祖が守ってきた歴史に思いをはせ、名残を惜しんだ。
県内では戦後、養蚕農家数が増加し、1957年には戦後最高の8769戸を数えたこともある。年間3トン以上を収穫した年が続いた養蚕農家もいたという。落合政男さん(80)=厚木市中荻野=は廃業を前に往時の様子を振り返る。「周辺は買い付けに来た業者などでにぎわった。桑の葉が足りず、山梨県境まで取りに行ったこともあった」
ただ、57年以降、生糸需要の大幅な減少によって、繭代が暴落。国による桑園減反政策が実施され、農家は養蚕から転業し始めた。結果、県内でも戸数は減少の一途をたどった。国内の生糸貿易をけん引してきた横浜でも、2006年3月に横浜商品取引所の閉鎖に伴い、約120年の横浜シルクの先物取引が幕を閉じた。
そんな中、現在も高齢化問題などを抱えながら県内で養蚕業を続けてきたのが12戸だった。廃業を決め、厚木市のJA支所で"最後"の出荷作業を行い、丹念に育ててきた繭を群馬県の工場へ出荷した内田正男さん(79)、テル子さん(76)夫妻=同市下荻野。現在、県内の養蚕は春、夏、晩秋の3シーズンだが、「最盛期には年間7、8回こなしたこともある」という。
二見政一さん(77)=厚木市三田=は子ども時分、両親の養蚕を手伝っていたが、会社勤めを選んだ。「昭和30年代ごろ、会社員の給料は上がっていたが、農家の所得はそれ程変わらなかった。生き物を扱うための懸念も含め、家族を養うには不安を感じた」と話す。本格的に養蚕を始めたのは、仕事を退職した16年前。「養蚕は検定が一緒のため、よい繭を作ろうと皆が情報を出し合う。人間関係がいい」。手を携えて高品質化に取り組んできた。JA津久井郡本所(相模原市緑区中野)でも養蚕農家3人が名残惜しそうに出荷に向け繭の選定作業に追われた。出荷量は合計266キロ。
菊地原稔さん(76)=同区根小屋=は「国産の絹の品質は世界一だと思っている。家の伝統と思って取り組んできた。津久井郡には1500年の歴史がある。先祖に『これまで、無事生計を立てられました』と報告しようと思う」と胸を張った。
貞昌院の位置する永谷地区では養蚕が盛んに行われていました。
私が子どもの頃にも近所でかいこを飼っていた農家はたくさんありましたし、貞昌院にも糸車などの養蚕のための道具が残されています。
港南区にはぐくまれてきた捺染やスカーフなどの織物技術も、良質の絹の生産があってこそ活かされてきました。
地元の永野小学校には養蚕に力を入れていたことを記す写真も残されています。
関内のシルク博物館の展示を見ると、いかに日本文化の中に養蚕が溶け込んでいるのかが良くわかります。
僧侶の衣にも正絹のものも多く、大いに恩恵を受けています。
養蚕や絹織物が盛んで「桑の都」と呼ばれた東京都八王子市に隣接する神奈川県相模原市にも、かつては4千軒近くの養蚕農家があった。生産された繭や生糸は、主に八王子や山梨県の上野原などへ出荷されたほか、「絹の道」を通って横浜へも運ばれたという。
しかし現在、市内に残る養蚕農家は数軒。親子代々伝えられてきた伝統技術は忘れられていく運命にある。この相模原で、養蚕文化を守っているのは一人のカナダ人だ。
都県境にそびえる陣馬山。ふもとに広がる同市緑区の旧藤野町佐野川地区に、ブライアン・ホワイトヘッドさん(46)は1993年に移り住んだ。
養蚕農家だった築約120年の古民家を借りた。2、3階は蚕の飼育室という典型的なつくり。ここを拠点に、毎年、餌の桑を育て、卵から蚕を育てて繭をつくり、糸にほぐして染色、織機で織り上げるまでを1人でこなす。
(朝日新聞2010年05月21日)
来日してから常に感じてきたのが、養蚕を含め伝統的な文化をどんどん捨てていく日本の姿だ。
消費面だけを重視し、その製品がどのような資源から生まれてきたかを考えない生活の在り方に疑問を感じてきた。
「生糸が虫から生まれてくることを知らない日本人もいる」
ブライアン・ホワイトヘッドさんはこのように語ります。
私たち日本人にとっては胸に突き刺さることばですね。
日本の伝統工芸が、日本人ではなく海外の方により支えられている事例が数少なくないようです。
いよいよ国勢調査の調査日が明後日になりました。
みなさま、調査票をきちんと受け取っているでしょうか。
もし、まだ受け取っていなかったり、記入用紙が不足であった場合には役所にお申し出ください。
今回、私は調査員を拝命し国勢調査の大変さを実感しています。
担当世帯は一寸離れた区域の約150世帯。
予め区域の調査を行なったうえで、今月23日から調査票を一軒一軒手渡しで説明しながら配付していきます。
この付近はベッドタウンという性格もあり平日の日中にはなかなか家に居ない方も多く、ライフサイクルもまちまちであるため、曜日と時間を変えて何度も巡回します。
事前に、国勢調査が始まることをお知らせするチラシを全戸に配付
23日以降調査票を手渡し
1回目 24日(金)昼 70軒/150軒
2回目 25日(土)昼 120軒/150軒(この日不在の方に次回訪問予定日を投函)
3回目 25日(土)夕 140軒/150軒
4回目 26日(日)昼 145軒/150軒
きっちりした正確な数字はここには書きませんが、おおむねこんな感じで何回か巡回するうちにようやくメドがついてきました。
それにしても、最近流行のオートロックマンションは厄介です。
玄関ロビーで呼び鈴を押して、一つの部屋にお渡しした後、また玄関の外に戻らなければなりません。
玄関⇒部屋を何度往復したことでしょう。良い運動になりました。
10月1日を過ぎてから、また回収希望世帯を回って調査票を回収する作業が残されています。
まだまだ気が抜けません。
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第1回国勢調査が実施されたのは明治35(1902)年。
「国勢調査ニ関スル法律」が施行され、その3年後実施が予定されたのですが、日露戦争及び第一次世界大戦の影響で延期となり、実際に行なわれたのは大正9(1920)年でした。
それにしても、国も、調査員も、市民もかつて経験したことのない大事業に挑むわけでしたkらら国勢調査第1回目はさぞかし大変だったことでしょう。
調査期間には、全国各地で新聞による大々的な宣伝や、演説会、旗行列、花電車、ちんどん屋まで繰り出して広報されたそうです。
さらに、10月1日午前零時には、真夜中にもかかわらず各地でサイレンや大砲が鳴り響き、お寺やお宮でも鐘を撞き太鼓を鳴らし、調査日であることを市民に隈なく知らせました。
10月1日午前零時に調査票に記入しはじめた真面目な市民も少なからず居たのではないでしょうか。
当時の様子が下記のサイトに詳しく書かれています。
http://www.tanken.com/kokusei.html
ちなみに、第1回調査により、全国の人口は
55,963,053人(内地)男28,044,185 女27,918,868
76,988,379人(外地も含む)男38,903,195 女38,085,184
だったそうです。
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国勢調査が行なわれるのはもちろん日本だけではありません。
アメリカでも10年に1度、国勢調査が行なわれています。
人種の坩堝といわれるアメリカでは、調査の大変さは一入でしょう。
(日本でも、多民族の集まる地域もあり状況は近くなっています)
米国でこの春、10年に1度の国勢調査が進められている。課題とされているのが、急増しているはずの移民人口、とりわけ強制送還されるのを恐れて答えたがらない不法移民をどう調査に取り込むか。連邦政府からの補助金額や議席の配分が人口によって決まるため、自治体や移民団体は熱心にキャンペーンを続けている。
米国の国勢調査は郵送での回答が原則だ。3月半ばごろから全米の家庭に郵便で調査票が届けられた。今年の米国での調査は氏名や生年月日、性別、人種など基本的な属性だけが質問事項。回答率を上げるために、質問項目は毎回減っている。
国勢調査は国籍を問わず、米国に住む人全員が対象だ。その中には、約1200万人とされる不法移民も含まれるが、ロサンゼルスのタイ系市民団体の代表チャンシー・マルトレルさんは「タイ系移民の半分以上は不法移民。強制送還されるのが心配で、個人情報を当局に渡すことにためらいがある」と話す。
国勢調査局のバックナー報道官は「法律上、他の政府機関と情報を共有できないようになっている。司法機関も、また大統領でさえ、国勢調査からみなさんの個人情報を取り出すことはできない」と情報の安全性を強調するが、国勢調査のボイコットを呼びかけたヒスパニック系団体もあった。
だが黒人を抜いて全米最大のマイノリティー(少数派)になったヒスパニックの動向が2008年の大統領選で大きな注目を集めたように、移民社会にとって人口増加は発言権が強まることにもつながる。ほとんどの移民団体は、熱心に国勢調査への参加を呼びかけている。メキシコ系米国人団体MALDEFは、国勢調査のデザインをあしらった、パソコンに音楽をダウンロードできるカードを2万5千枚用意し、人口の半分がヒスパニックのロサンゼルスで移民人口が多い地区の高校を回った。
呼びかけに熱心なのは自治体も一緒だ。こちらには、州議会の議席が人口によって割り当てられることに加え、連邦、州政府からの補助金額も人口の多少で決まるという現実的な利害がある。例えば前回調査でニューヨークに次いで全米で2番目に「未回答人口」が多かったロサンゼルス。ビヤライゴサ市長は地元のラジオ番組で「このせいで、2億ドル(約188億円)以上の補助金を取り損ねた。歴史的に国勢調査に後ろ向きだった移民や少数派にも手が届くよう、懸命に努力している」と語った。
国勢調査局は5月1日から2カ月かけて、アルバイトのスタッフを動員して全国の未回答世帯を戸別訪問する。1戸の訪問にかかるコストは57ドル。同局は「期限後でもいいから返送を」と呼びかけを続けている。
00年の国勢調査では、米国の人口は2億8100万人。うち7%にあたる約1860万人が市民権を持たない移民層だったが、この層は1990年の調査では5%弱だった。今回の調査では総人口は3億900万人を超えるとみられている。■2000年国勢調査に基づく主な人種とヒスパニックの割合(ヒスパニックは出身国による区分)
全人口―約2億8100万人
白人―75%
黒人―12%
アジア系―4%
米先住民―1%
その他―8%
ヒスパニック―13%
(朝日新聞2010年4月6日)
国勢調査は大変な事業ですが、定期的に継続して行なうことに意味があります。
税金や年金計画の見通しや選挙区の区割りを行なう基礎資料にもなるわけですから、大切な調査であります。
今回の調査日は明後日、平成22年10月1日となります。
プライバシーは確実にお守りすることをお約束いたしますので、きちんと記入して、厳封して調査員に渡すか、郵送で確実に提出いたしましょう。
沖縄県の尖閣諸島沖で中国の漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件で、那覇地検は24日、公務執行妨害容疑で逮捕された中国人船長を処分保留で釈放すると突然発表しました。
発表記者会見の席で、那覇地検の鈴木亨次席検事は「わが国国民への影響や今後の日中関係を考慮すると、これ以上身柄を拘束して捜査を続けるのは相当でない」と発言し、判断の裏側に中国の強硬な反発が影響したことを示唆しています。
そもそもこの段階で検察当局が外交問題について言及することではありません。
官房長官「検察の総合的判断」中国人船長釈放へ 「それはそれで了とする」
仙谷由人官房長官は24日午後の記者会見で、沖縄県の尖閣諸島付近での日中の船舶衝突事件で那覇地検が中国漁船の船長を釈放すると発表したことについて「法務省から刑事事件としてそういう判断に到達したと報告を受けたので、それはそれで了としている」と述べた。釈放は「検察の総合的な判断と理解している」と述べ、地検独自の判断だとの認識を強調。「粛々と国内法に基づいて手続きを進めた結果こうなった」と語った。
仙谷長官は拘置の満期前に船長を釈放したことについては捜査上の判断であるとの考えを示した。また、地検の釈放決定後に外交ルートを通じて中国側に釈放を通告したことも明らかにした。国連総会出席のためニューヨークを訪れている菅直人首相にも船長の釈放は伝わっているという。
仙谷長官は「日中関係に悪化の兆候が見えていたのは事実だ。あらためて戦略的互恵関係を充実させる努力をしないといけない」とも語った。
(日本経済新聞 2010/9/24)
与野党からは多くから批判の声が出ていますが、当然のことでしょう。
中国の「したり顔」が眼に浮かびます。
今後の日中関係を長期的に見ていくと今回の判断により失ったものは多そうです。
最悪、近い将来に尖閣諸島を不法占拠されても指をくわえて見ているだけ、手も足も出ないという状況も現実化しているような感じがします。
釈放を発表してしまったことは早計だと思いますし、実に残念ですが。既に釈放手続きは終わり中国からは迎えのチャーター機が出発しているとのことですから、もはやどうこう言っても手遅れでしょう。
せめて、今後は次に列記することを早急に実施して欲しいものです。
■尖閣諸島の領有権が日本にあるということを中国及び国際世論に明確にする。
(1)中国、台湾からの漁船、測量船がEEZ線に入った場合は徹底的に排除する。
(2)海底ガス油田、若しくは調査油田ををEEZ線に近い場所に複数建設する。
(3)尖閣諸島に防衛最前線基地を作り、恒常的に防衛演習を行なう。
■脱中国経済にむけて
(1)資源を中国以外の国から調達できるように他国との交渉を進める。
(2)都市鉱山からの再資源化の仕組みをさらに強化する。
(3)レアメタルの代用品を作る技術の開発、実用化のための研究に重点を置く。
特に脱レアメタルの技術確立は、中国からの資源に依存しきっている日本のために重要な事項でありましょう。
この分野の研究は、実用まであと一歩のところまで来ており、例えば日立製作所は酸化鉄を使った脱レアメタルモーターを2年後に製品化できる段階まできています。
また、帝人と東北大学は鉄と窒素による新材料を開発しています。
石油資源にしても、他のどのような資源にしても、埋蔵量に制約されない原料の確保、リサイクルシステム、代用品技術の確立が求められます。
中国外務省は25日、尖閣諸島(中国名・釣魚島)沖での漁船衝突事件で処分保留のまま釈放された中国漁船の※(※=簷の竹かんむりを取る)其雄船長(41)が帰国した後、「日本側は船長らを違法に拘束し、中国の領土と主権、国民の人権を侵犯した」と強く抗議する声明を発表し、日本側に謝罪と賠償を求める方針を明らかにした。
声明は「釣魚島と付属の島が中国固有の領土で、中国は争う余地のない主権を有している」と改めて強調。「日本側の取った司法措置はすべて違法で無効で、日本側はこの事件について中国側に謝罪と賠償をしなければならない」と指摘した。
その上で「中日両国が近隣として、戦略的互恵関係を発展させる方向を堅持することは両国民の利益に合致する。双方が対話と協調を通じて両国間の問題を解決し、両国関係の大局を維持するという中国側の立場に変更はない」と強調した。
(時事通信 2010/9/25)
思ったとおり中国側は「日本側の取った司法措置はすべて違法で無効で、日本側はこの事件について中国側に謝罪と賠償をしなければならない」として、謝罪と賠償を求めてきました。
謝罪と賠償をしなければ経済制裁は解かない、フジタの社員も解放しない...要求はだんだんとエスカレートしていくことでしょう。
悪質なユスリ、タカリと同じ構図です。
少なくとも不当な圧力を掛けることにより、必ずしも中国の思惑どおりには行かないとを、日本の防衛力と民間の技術力を持って示していただきたいものです。
ゴミ集積所から見つかった迫撃砲弾 22日午後2時40分頃、横浜市港南区上永谷のゴミ集積所で「爆弾のようなものが見つかった」と付近住民から110番があった。
神奈川県警の爆発物処理班などが調べた結果、米軍などが演習で使用していた金属製の60ミリ迫撃砲弾(長さ約24センチ、直径約6センチ)と判明した。火薬は入っていなかった。火薬のない迫撃砲弾は店で売られることがあるという。同日は金属類などの収集日で、港南署は何者かが捨てたとみている。
付近の住民によると、迫撃砲弾は同日午後2時半頃、収集業者が集積所に置かれたナベの中から見つけ、住民に110番を依頼した。
現場は市営地下鉄上永谷駅の北約1キロの住宅街。同署は周辺の16世帯に避難を呼び掛けた。近くの小中学校計3校の下校時間を遅らせるなどの対応を取った。
(2010年9月23日 読売新聞)
なにやら物騒な事件が起こりました。
昨日子どもの通う小学校で、下校時刻を遅らせ学校待機となりました。
その時には詳細がわからず、ただ不発弾が見つかったとのことだったので、まさか戦時中の不発弾?と一部で大騒ぎとなりましたが、どうやら誰かがゴミとして棄てた演習用の迫撃砲弾だったようですね。
それにしても人騒がせな話です。
安全が確認されたために、現場近く美晴台で実施されていた避難勧告は直ぐに解除されました。
平成22年9月11日(土)20時17分、H-IIAロケット18号機による準天頂衛星初号機「みちびき」が種子島宇宙センター大型ロケット発射場より予定通り打上げられました。
発射から5分。順調に飛行を続けています。
発射!
SRB-A分離
21:45 みちびき分離成功!
おめでとう。
管制室では割れんばかりの拍手が起こっていました。
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■準天頂衛星「みちびき」の役割
身近なところで言うと、カーナビや携帯電話のGPSは、複数のGPS人工衛星からの電波を受けることにより位置を計算できます。
しかし、現在ではアメリカの人工衛星を利用しているため、衛星の軌道はアメリカ中心となり、日本では軌道が低い位置となってしまいます。
そこで、日本独自で、天頂付近に衛星が来るような人工衛星を打上げることとなりました。
今日打上げられた「みちびき」はその一つです。
これにより山間地、ビル陰等に影響されず、全国をほぼ100%カバーする高精度の衛星測位サービスが可能となり、GPSの精度も、これまでの約10m程度から1m~数cm!程度へと飛躍的に高まります。
まだ技術実証・利用実証の段階ですが、今日の人工衛星を含め3機の準天頂衛星によるシステムが完成した場合には365日24時間高精度のGPSが利用できることとなり、さまざまな応用が期待されます。
■蛇足
GPS衛星には正確な時刻を刻む時計が搭載されています。
電波の速度は秒速30万キロですから、時計が100万分の1秒狂っただけで、距離のずれは300mになってしまいます。
「みちびき」には、30万年に1秒以上狂うことの無いルビジウム原子時計が搭載されています。
正確な時を刻む時計は、GPS衛星にとっては欠かすことのできないものなのです。
■関連リンク
まもなく「平成22年国勢調査」が実施されます。
⇒詳細は総務省統計局のサイトをご参照ください。
国勢調査とは、「統計法」「国勢調査令」「国勢調査施行規則」「国勢調査の調査区の設定の基準等に関する省令」等に基づき、我が国に住んでいるすべての人(路上生活者、外国人等を含む)を対象とする国の最も基本的な統計調査です。
国の最も重要かつ基本的な統計調査に位置づけられ、西暦年の末尾が「0」の年=10年ごとに大規模調査が行なわれてきました。
今年がその年ということになり、平成22(2010)年10月1日時点の調査が実施されます。
この調査の結果は、選挙区の画定や議員定数の基準、福祉政策や防災対策など国や地方公共団体の行政施策での利用を始め、個人の生活設計や企業の事業計画など様々な場面において利用されています。 とりわけ今回の国勢調査は、少子高齢化、就業・雇用などの実態を地域ごとに明らかにし、我が国が直面している重要課題に対する施策に欠くことのできない統計データを提供するものです。
今月半ば過ぎから、このような紙袋を持った調査員を日本全国いたるところで見かけると思います。
調査員が各世帯を訪問された際には、必ず腕章と首から下げられている身分証明書をご確認ください。
なお、個人情報は、法律によって厳格に秘密を保護されます ので、何卒何卒ご協力をお願い致します<m(__)m>
長崎への原爆投下の日から65年目の原爆忌を迎えました。
一瞬のうちに人生を奪われてしまった多くの方々に、そして後遺症により亡くなられた多くの方々に心より哀悼の意を表します。
合掌
「核なき世界」実現訴え=「禁止条約」支持表明へ―65回目長崎原爆の日
長崎は9日、65回目の原爆の日を迎えた。爆心地に近い平和公園(長崎市松山町)で「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれ、被爆者や遺族、菅直人首相らが参列し、原爆死没者の冥福を祈る。田上富久長崎市長は平和宣言で、潘基文国連事務総長が提案する「核兵器禁止条約」への支持を表明し、「核なき世界」の実現を国際社会に訴える。
式典には、核保有国の英仏、事実上の保有国とされるイスラエルの代表や、国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長が初めて列席する。参加国は過去最高の32カ国となる見通し。
(2010/8/9時事通信)
6日の広島原爆忌に関してのコメントで気になったものをいくつか。
「(オバマ政権が平和記念式典にルース駐日大使を派遣したことについて)これまで一度も行われてこなかったのに、なぜ今になって(代表団を)送るのか分からない」「(原爆投下について)当然、正しいことをした」
「エノラ・ゲイ」機長ポール・ティベッツ氏の息子のコメント「広島では、謝罪することは何もないが、戦争の影響を受けたすべての人々に配慮を示す」クローリー米国務次官補のコメント
「オバマ政権は何をしたいのか。われわれは戦争を終わらせた。放っておくべきだ。ルース大使の派遣は歴史の書き換えにつながる」(米保守系ニュース専門局FOX)
広島・長崎で原子爆弾により死傷した数多くの一般市民への謝罪がまったく無かったのはとても残念です。
ルース大使は広島平和式典において献花をしませんでした。また、長崎の平和記念式典は欠席しています。
遺族、市民との意識の隔たりはいつになったら解消できるのでしょうか。
「国際社会では核抑止力は必要だ」「国際社会では大規模な軍事力が存在し、核兵器をはじめとする大量破壊兵器の拡散もある。不確実な要素が存在する中では核抑止力は引き続き必要と考えている」
(広島平和記念式典の記者会見での管直人首相のコメント)
唯一の被爆国である日本の首相が平和記念式典の場所で発することばとしては不適切であると言わざるを得ません。
施食会法要の合間の雑談の中で、教区の方丈さまより兼務の千葉寺院で寺務所のエアコン室外機を盗まれた。近隣の一般家庭も被害を受けている。いったいどうしたことだろう・・・・・という話が出ました。
数年前は金属単価高騰でステンレスや銅線が盗まれる事件が多発していましたが、エアコンの室外機とは。
暑い夏に向けて迷惑極まりないことです。
さらに言えば、配管に充填してあるフロンガスもそのまま抜けてしまいます。
調べてみると関西や、関東では北関東、東関東を中心に被害が発生し広がり始めているようです。
エアコン室外機盗難相次ぐ 内部の金属転売目的か
県内で今年に入り、業務用エアコンの室外機が盗まれる被害が相次いでいることが、30日までに県警などへの取材で分かった。被害は宇都宮市内で少なくとも十数台に上るという。室外機内部には希少な金属も使われており、転売目的で盗み出しているとみられる。今年、兵庫や茨城県内でも同様の盗難事件が相次いだため、県警は警戒を強めている。
宇都宮南署によると、4月26日朝、宇都宮市北若松原1丁目のスーパー跡地で、外壁に設置された室外機1台が盗まれた。同市針ケ谷町の電子部品メーカーの事業所跡地などでも同様の被害が起きているという。
いずれの被害も室外機と室内のエアコンをつなぐ銅管が切断されていた。パイプカッターなどの工具で切られ、そのまま持ち去られたとみられる。
県内の廃品回収業者によると、通常はエアコンと室外機のセットで買い取るが、室外機のみを買い取る業者もいる。室外機の内部には価格変動の少ない銅やアルミが使われており、需要のある海外で高く売れるという。
室外機を廃品回収業者に持ち込むと、1キロ100円(末端価格)ほどで取引され、業務用は1台100キロ前後のため1万円ほどに換金できる。県警は「大量に持ち込めば、それなりの金額になるのでは」と分析する。
盗難被害防止のため、冷暖房機設置業者は室外機を外壁に直接固定したり、フェンスで囲うなどの対策を勧めているという。県警は注意を呼び掛ける一方、事業所の跡地などを狙い室外機を盗み出すグループがあるとみて捜査を進めている。(下野新聞5月31日 05:00)
廃校の直後...エアコン室外機、21台盗まれる 兵庫・たつの
兵庫県警たつの署は5日、統合のため廃校になった旧県立龍野実業高校(たつの市龍野町北龍野)と、旧県立新宮高校(同市新宮町新宮)に設置していたエアコン室外機計21台(時価約9万6000円)が盗難にあったと発表した。同署が窃盗事件として調べている。
同署によると、実業高校では4月2日まで、新宮高校では3月30日まで異常がなかったという。両校は県立龍野北高校への統合のために廃校になったが、門などには施錠がされていた。
同市では4月に入り、公民館などでエアコン室外機が盗まれる事件が相次いでいる。(産経新聞2010/4/5)
エアコンの室外機の盗難の多発!
平成22年2月くらいから企業、アパート、自治会館、消防団詰所などで約40件のエアコンの室外機の盗難が発生しています。
室外機は、ほとんど置いているだけですので配管、電線など外して容易に持ち去ることが出来る為、今後も発生が予想されます。時間帯は深夜と思われますので不審な人物や物音を聞いた場合はすぐに110番通報してください。
また、エアコンの室外機を持っていかれないようにボルト固定などの盗難防止に心がけてください。
なぜ、室外機を盗むのか?
室外機の内部は銅とアルミの合金を使用していて、一台2000円程度で取引されているからです。
室外機の盗難について、なにか知っていることなどありましたら野田警察署まで情報提供をお願いいたします。 (野田警察署)
何十キロもある重いものを、しかも深夜のみならず白昼堂々と廃品回収業者や工事関係者などを装い盗難に及ぶという大胆な手口もあるようです。
対策としては、エアコンの室外機をワイヤーなどで固定するとか、自転車の防犯登録制度のような制度を設けるか。
とにかく「まさか盗まれることなどないだろう」と思うものまで盗難にあう時代であることを心しておく必要がありそうです。
もう一つ、重要な対策としてはエアコンのメーカー名、型番、製造年、製造番号を控えておくことも大切であります。
室外機だけを交換するにも、その型番や製造番号は大抵は室外機に記載されています。室外機と室内機はペアですから、最悪室内機も含めて全て交換しなければならなくなります。
犯人が手にする数千円のために、被害を受けるほうには莫大な損害が降りかかってきます。
人が困ろうと、そんなことはお構いなし、犯人にとってはどうでも良い話なのですかね~
これまで貞昌院裏山を中心として出没する「ハローカラス」をご紹介してきました。
このたび、Kさんより東京の日比谷公園でも「ハロー」と鳴くカラスがいたとのお知らせをいただきました。
その動画がこちらです。
http://www.youtube.com/watch?v=hXyKJrZ4TJ8
イントネーションが大分違いますね。
こちらのハローカラスはハロウ(アロウ)と日本人鈍りの発声ですが、東京のハローカラスは、よりネイティブに近い印象を受けます。
ざっと検索してみると、昨年にも夏の時期に出没していたようです。
【TOKYO発】カラスがハロー 日比谷公園で独演 声帯発達、高知能『まだ進化』
「ハロー、ハロー」。東京のど真ん中、日比谷公園に、何と英語をしゃべるカラスがいる。といっても、このあいさつだけなのだが。カラスはオウムのようにしゃべるのか? カラスの謎を追った。
(東京新聞2009年7月6日)
この他
などもあり、カラスの持つ能力には改めて驚かされます。
メンタイ、コーンポタージュ、チーズ、テリヤキバーガー、サラミ、ヤサイサラダ、チキンカレー、とんかつソース、エビマヨネーズ、タコヤキ、チョコレート、ぶたキムチ、ギュウタンシオ、オニオンサラダ、マーボー、きりたんぽ、もんじゃ焼、ハニー、蒲焼き、お好み焼、辛子めんたいこ、キャンディ、牛タン塩、パンチ、ピザ、さきいか、ちょいからパンチ、カニチャンコ、オムライス、ギョTHE、チョコピー、カニシューマイ、豆リカン、梅おにぎり、レッドロブスター、アメリカンホットドッグ、マリンビーフ、カレー、サラダ、ココア、キャラメル、バーガー、ソース、なっとう・・・・・
国民的駄菓子、うまい棒からつくられた仏像たち。
名づけて「うまい仏」です。
岐阜県出身、東京都在住の河地貢士さんの作品です。
河地さん曰く、「軽薄で、モロくて、不健康。まさにこの世はスナック菓子そのもの」ということだそうです。
この作品は祖父の死の直後に制作しました。初めて親族として葬式に関わったことで、仏教、宗教ということに強く影響を受けた時期でした。
江戸時代の僧の円空が彫った仏像で「円空仏」というものがあります。円空は修行の旅でお世話になった家々に、お礼として仏像を彫っていました。その円空仏の多くは仏壇に飾られることなく、子供のオモチャとして扱われて、ボロボロになっていたりしたそうです。他の仏像とは全く違うフレンドリーな仏像に非常に感銘を受けました。円空は“棒切れ”に仏像を彫って、子供にオモチャにされました。僕は子供の大好きな駄菓子“うまい棒”に仏像を彫刻しました。
(うまい仏製作の動機)
それにしても見事な製作技術です。
並べられた「うまい仏」の中には製作から数年経過するものもあり、油の酸化や日焼けによってさらに個性的に変化していくそうです。
なお、余計なお世話と言われそうですが、このままでは美術品もしくはお菓子の域に留まっていますので、是非開眼を行なって欲しいものです。
サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会は第19日の29日、決勝トーナメント1回戦最後の2試合。1次リーグE組2位の日本(世界ランク45位)は、プレトリアのロフタス・バースフェルド競技場でF組1位のパラグアイ(同31位)と対戦。両者90分間で得点なく、延長戦でも決着が付かず0−0。今大会初のPK戦に突入し、日本が敗れ史上初のベスト8進出はならなかった。パラグアイはベスト4進出をかけ、7月3日午後8時半(日本時間4日午前3時半)の準々決勝で、スペインとポルトガルの勝者と対戦する。
試合序盤から、パス回しと個人技に勝るパラグアイが主導権を握り、日本はボールを奪っても後ろからのサポートが遅れ、パラグアイの守備につぶされた。後半も中盤で効果的な組み立てが出来ず攻撃が停滞。後半20分、松井に代え、デンマーク戦で1得点している岡崎を投入。36分にはアンカーの阿部を外して中村憲を投入し、攻撃的にシフトして勝負に出たが、堅守にはばまれた。延長後半からは大久保に代え玉田を投入したが、得点を奪うことはできなかった。
(毎日新聞 2010年6月30日 1時42分配信)
延長戦を含め120分間よく戦い抜きました。
残念ながら僅かPK一本の差でベスト4進出はなりませんでしたが、南米の強豪パラグアイと互角の戦い。歴史に残る好試合でした。
試合後・岡田監督のコメント
これだけ頑張ったので勝たせてあげたかった。
私の力が足りなかった。
まだまだそんな簡単じゃない。
<質問:不調だといわれていたチームが大きく成長しましたが>
チームは一貫していて変わっていない。
選手がよくついてきてくれた。
選手たちに感謝している。
応援しながら先日開催された横浜市仏教連合会・釈尊奉讃会記念行事の記録を編集しようとしていたのですが、応援に集中して結局手に付かず。
バッシングを受けても進むべき道を進む。褒められても進むべき道を進む。
岡田JAPAN、本当にお疲れ様でした。感動をありがとう!
岡田JAPAN 決勝トーナメント進出おめでとう!
<南アW杯>日本2大会ぶり決勝T進出 デンマークに3−1サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会第14日は24日、1次リーグ4試合があり、E組の日本はデンマークを3−1で降して2勝1敗(勝ち点6)とし、自国開催だった02年日韓大会以来、2大会ぶり2回目の決勝トーナメント進出を決めた。オランダ−カメルーンはオランダが勝ってE組1位となり、2位の日本は、29日午後4時(日本時間午後11時)の決勝トーナメント1回戦で、F組1位のパラグアイと対戦する。
日本は前半17分、ペナルティーエリア右角前の位置、ゴールまで30メートル超のFKから本田が直接、無回転で不規則に変化したボールをゴール左隅へ突き刺した。前半30分には、ゴール中央20メートルの位置で得たFKから遠藤が直接シュート。右隅に絶妙にコントロールされたボールがゴールに吸い込まれた。後半36分には、トマソンのPKをGK川島が止めるが、こぼれ球を押し込まれ1点を失った。しかし後半42分、岡崎がダメ押しのゴールを挙げた。
(毎日新聞6月25日5時22分配信)
それにしても歴史に残る凄い試合でした。
日本決勝トーナメント進出おめでとうございました!
前半本田、遠藤のフリーキックが見事に決まり2点差で終え、後半のデンマークの正面からのPK、これも点を取られるも最初は川島がよく止めました。
そしてラストは岡崎の3点目のゴール!
これで試合は決定的となりました。
岡田監督は試合後に次のようにコメントしていました。
本当に最後まで集中切らさずに終えることが出来た。
いつもどおり勝ちに行った。
間あいだでやられていたが、システム変更したことがうまく行き、流れが変った。
うちは個々でなく27名の選手、スタッフ・・・チームで行なう、サッカーがチームスポーツであるということを証明した。
我々は次の山に向かって一つひとつチャレンジしたい。
この岡田監督の拘ってきたチームスポーツということについて、2007年、岡田監督が野田大燈老師のもとを訪ねたことが喝破道場の巻頭言の中にに記されています。
自然石に学ぶ---ブロック積み社会から石組み社会に先日開催された「喝破会」夜の懇親会では、多士済々のメンバーだけに話題も縦横無尽で尽きるところがなかったが、横浜マリノスの岡田前監督もおられたことからサッカー選手の話となった。試合中には選手たちは水も漏らさぬチームワークでの試合展開だが、試合が終了すると試合中とは打って変わって選手同士の会話が少ないと云う。
皆それぞれが一騎当千のつわもの揃いでそれだけに個性が強い。その選手たちを適材適所に配置して試合に臨むのが監督の仕事だと言うのだ。
私はその話を聞いて、道場草創の頃を思い出した。自分の庵を作ろうとしていた頃だが、建物には基礎が必ず必要なので、常識としてコンクリートかブロックを使用しようと思ったが、資材を購入する資金がない。
仕方がないので最も原始的な方法だが、山林に散在する大小様々な石を集めてブロックの代用にしようと考えた。しかしどの石一つを取ってみても凹凸変形して同じ形のものがないので安定性がなく、ブロックのような単純な積み上げができない。
出来ない、と言って諦めてしまっては念願の庵が作れない。
なんとか石が上手く積み上げられないものか、と多様な形の石の面と面を添わせてみた。そして気付いた。石の凹の部分と凸の部分が上手く噛み合えば石はがっちりと組み合って動かない。
凸の部分と凸の部分がぶつかり合っては安定しないし、凹の部分と凹の部分でも安定を欠く...。そう考えて共に異なる形の右手の石と左手の石が噛み合う位置を動かしながら探してみた。あるある、必ずがっしりと噛み合う場所がある。やっているとまるでゲームのように石組みが面白くなってきた。
考えてみると日本の城の石垣も同じ形に細工したブロック積みではない。だからこそ大小様々な形の石が噛み合って地震にもびくともしない頑丈さと造形美を備えている...。
それが解かってからは庵の基礎を手始めとして開墾した畑の法面や道路の排水溝まで石組みをした。この組み合わせは決して石組みのみではなく「人組み」にも共通するものだと思った。人には必ず短所もあるが同じように長所もある。
個々の選手の長所と短所を見抜いて組み合わせて一団となして駒を進めるのが監督であり、企業組織にあっては社長や管理職の任務なのだろう。
しかし人材は素材を活かし切れなければ売り手も買い手も大きな損失となる。今までは組織運営の利便性の為に規格統一された「使い易い」人材のみを求めようとし、またその要望に応じて人材育成しょうとする傾向があったろうが、今までになかった「不登校・ニート・引きこもり」と言はれる人たちが居る現代こそ個々のもつ特性を活かす教育の必要性を感じる。
ヒトは完成に向かって日々努力していくものだから現時点が未完成であってよく、その中で長所は更に伸ばし短所を補っていくことこそが素晴らしいことである。
(四恩の里 喝破道場 2007年巻頭言)
横浜マリノスは大本山總持寺に毎年祈願のために参拝しています。
その際に当時後堂老師であった野田大燈老師との親交が深まり、野田老師が四国に戻られた後もメールや手紙を欠かさずにやりとりしていたそうです。
岡田監督は数年前、家族の不幸やチームの成績不振が重なり、心身ともに傷ついた時期がありました。
世間は勝手なものです。
成績が不振になれば批判・バッシングを強めていきます。風当たりは相当強かったはずです。
そんな時、四国の喝破道場を訪ね、禅寺で子どもたちと同じ生活をする中で、坐禅を組む中で少しずつ戦う意欲を取り戻していきました。
チームプレイの大切さもきっとこの中で確信されたのでしょう。
秘話!岡田監督、勝利の極意は「無心」サッカー日本代表の岡田武史監督(53)が、"無心"の境地でW杯に臨む。自身2度目の大舞台に乗り込む直前、曹洞宗の高僧、野田大燈(だいとう)氏(64)に「無心」という言葉を授けられた。私情を捨て去ることで、大黒柱のMF中村俊輔(31)=横浜M=を先発から外したり、システムの変更、主将交代などの荒療治に取り組んできた。
<中略>
岡田監督が「無」になった。W杯直前の親善試合で守備的な戦術へ転換。右サイドで、チーム唯一とも言える攻撃の型を持っていた中村俊、DF内田を先発から外した。ゲーム主将もDF中沢からMF長谷部へ変更。07年11月の就任以来、2年半に及ぶチーム作りを根底から覆す荒療治を支えていた言葉があった。
無心‐。5月下旬に日本を発(た)つ直前、かねて相談事を持ちかけていた野田氏から授けられた。野田氏は、お茶が入った椀(わん)を例に言葉の意味を説明する。
「茶わんを水でいっぱいに満たそうと思うと、お茶が邪魔なんですよ。これを捨てなきゃ水は入らない。空っぽになって初めて、100%入るんですよ。無心というのは空ということ。無にならなければ有になれない。色即是空という言葉がありますけど、何もないから変化できる」
岡田監督の指揮官としての極意にも繋(つな)がる。大阪出身で浪花節の人情家だが、さい配を振るう際、私情に悩むことがある。メンバー選考で、選手の家族や関係者の顔がよぎり、苦しんだことは1度や2度ではない。決断する際に背中を押すのは「チームを強くする」という点で「完全に素の自分になれるかどうか」という。
(デイリースポーツオンライン 2010/6/10)
昨日のテレビでもこの話が紹介されていました。
今年南アフリカでのワールドカップに臨むにあたり、迷いが生じる度に野田老師にメールが届いていたそうですが、カメルーン戦以降は迷いが吹っ切れたようにメールが届かなくなったそうです。
野田老師曰く、メールが届かないのは「平常心を保っている」ということ。
「きっとデンマーク戦も大丈夫でしょう」
その通りの結果となりました。
次はF組1位のパラグアイと29日に対戦します。
次の試合もチームが一体となって平常心で臨んでいけばチャンスは大いにあるでしょう。
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SZI創立15周年記念講演会
世界仏教徒会議日本大会2
記事に入る前に、グラフをまず作ってみました。

図:ギャンブルの種類によるテラ銭(赤)と分配金(青)の割合
図の赤い部分が「テラ銭」の部分です。
テラ銭とは、簡単に言うと「ギャンブル」を主催する側が「無条件」に収益とするお金のことであり、テラ銭を差し引いた残りのお金(青い部分)が参加者に分配されます。
このテラ銭の「テラ」は「寺」ですね。
仏教語や寺院に関連した用語が一般の言葉として流布しているものは良くありますが、その中であまり歓迎すべきでないと思える言葉が「テラ銭」です。
江戸時代、征夷大将軍によって、「賭博は、重犯罪」として厳しい取締りがあったが、江戸中期以降に賭博を常習的に行う博徒集団が現れ、現代に至っている。一方、的屋は「非人身分」とされていた。江戸時代には寺社の境内などで賭博を催し収入(いわゆるテラ銭)を得ていた。都市部だけでなく、地方にも存在する。現在に至るまで「社会枠組の外」となる人々である。 (ウィキペディア:「ヤクザ」項)
江戸時代においては寺いくつかの寺が、勧進のために「富くじ」を主催し売っていました。
こちらは公儀の許可を得た合法的なものでした。
しかし、さらに寺社は寺社奉行の管轄であって、賭博を取締まる町奉行の監督外であったため、そこで博徒組織が寺社境内でバクチ場を開帳させてもらい収益の一部を寺社に納めていたという構図も「かつては」あったようです。
縦割行政、聖域を悪用するということは昔から行なわれてきたことであり、旧態依然の組織が自浄作用だけでこれを改めることはなかなか難しいのでしょう。
先の事業仕分けで宝くじ協会が対象となった際に、宝くじ売上金の分配が話題になりました。
合法とされる公営ギャンブルは、冒頭のグラフのように相当高い「テラ銭」を取っています。
まあ、高い「テラ銭」がきちんと公共事業や災害復興、公益のために分配されていれば問題は無いのでしょう。
しかし、それを監督する監督省庁が例えば宝くじ、サッカーくじ、競馬、競輪、競艇でそれぞれ総務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省、国土交通省となっており、監督省庁の下にそれぞれ財団法人や特殊法人がぶら下がっているわけで、それこそ高い「テラ銭」とその利権に群がる法人、他所の管轄に口出しできない縦割り行政の弊害があぶりだされることになりました。
さらに、「テラ銭」が低いほうに目を向けると、グラフで見ても判るとおり、低いほど日本では非合法性が高くなってきます。
つまり、それだけ「アングラ」なギャンブルが「アングラ」な場所で行なわれることとなります。
分配金の高さが魅力なのでしょうが、テラ銭の使われる先がどういうことかを考えると、その問題を見逃すわけにはいきません。
そのテラ銭の場が、現代では「寺」ではなく「日本相撲協会」という公益法人の中で深く根付いてしまいました。
「相撲協会設立以来の危機」理事長が会見
大相撲の賭博問題で、日本相撲協会の武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)は21日記者会見し、7月11日からの名古屋場所について「準備を進める」と開催を前提としながらも、外部有識者による特別調査委員会の調査報告を待ち、同月4日の臨時理事会で最終判断すると発表した。
(日本経済新聞 2010/6/22)
日本相撲協会の体質を抜本的に変えることができるかどうか。
名古屋場所までの間にその真価が問われそうです。
沖縄県は日本の国土面積の約0.6%ですが、その中に日本全体の約75%に及ぶ米軍基地が存在しています。
沖縄本島においては約19%が米軍基地。
街の至る所にフェンスが張り巡らされています。
その中でも特に広大な基地が宜野湾市にある海兵隊の普天間基地と中頭郡嘉手納町にある空軍の嘉手納基地です。
折角の機会なので、ぐるりと廻ってきました。
特に嘉手納基地は広大ですね。
総面積は約19.95km2(羽田空港の約2倍)、3,500mを越える滑走路を2本有し、200機もの軍用機が常駐します。
どちらの基地も周囲が高い塀や茂みで隠されているため、中を伺うことは難しいのですが、大っぴらに基地全体を見渡せる場所があります。
それが通称「安保の見える丘」です。
ここからは嘉手納基地を見渡すことができます。
現在は道の駅も出来、その屋上に設置された展望スペースが開放されています。
平日だというのに多くの人・・・・
それにしても、昼間から次々と飛行機が発着陸しますね。
特にタッチアンドゴーの際はかなりの爆音が周囲に響き渡ります。
基地と隣接する住民には想像もできない負担が掛かっているのでしょう。
期待するほど失望も大きい。それでもなお期待し続けるのは、現実の負担が放置できないほど大きいからだ。「不平等・不公平の是正を求める異議申し立て」といった方が県民感情に近い。県内移転を進める菅内閣の基本方針と沖縄の負担軽減とは真逆のベクトルにある。日米合意を前提にしながら、どういう形で負担軽減を進めていくのか。米軍が海外に駐留させている兵力総数は約23万人で、アジア太平洋方面とヨーロッパ方面にそれぞれ約10万人ずつ配置している。沖縄駐留は2万5500人で、米軍海外駐留兵力の10%、アジアでは実に4分の1が集中する。
お帰り「はやぶさ」、13日深夜ネット生中継13日深夜に地球へ帰還する小惑星探査機「はやぶさ」が大気圏に突入するときに流れ星のように光る様子が、インターネットで生中継される。
宇宙航空研究開発機構によると、はやぶさの大気圏突入は日本時間13日午後10時50分ごろ。和歌山大学宇宙教育研究所は、はやぶさの試料カプセルが落下するオーストラリア南部のウーメラ近郊で、これを待ち受ける。超高感度カメラでとらえた映像を、ホームページ(http://www.wakayama-u.ac.jp/ifes/news/news20100613.html)で中継する計画だ。
すでに現地入りしている同大の尾久土(おきゅうど)正己教授によると、ここ数日、夜は一面の星空。尾久土さんは、「かなりまぶしい流れ星のように見えるはず」と期待する。また宇宙機構は、13日午後0時45分から「宇宙教育テレビ」(http://www.yac-j.or.jp/tv/)で、はやぶさに関する講演などの特別番組を上映。特設サイト(http://hayabusa.jaxa.jp/live/)では、通常は公開しない管制室の様子を午後6時からライブ中継する方針だ。
(2010年6月12日13時50分 読売新聞)
これまで何度かブログ記事でお伝えしてきた「はやぶさ」が、いよいよ地球に帰ってきました。
今晩、大気圏に突入してはやぶさの本体は「流れ星」となって燃え尽き、小惑星イトカワから採取された試料が入っていると期待されるカプセルがオーストラリア南部の砂漠に軟着陸します。
この記事を書いている午後4時は、地球帰還まで7時間。
現在、はやぶさは横浜から見て南西の上空をかすめ飛んでいます。
貞昌院から見ると、現在この雲の向こうのどこかを飛んでいるはず。

肉眼では見えないけれども、「はやぶさ」はこの空を東から西へゆっくりと移動しているはずです。
願い事を3回言う時間は十分にあります。
おかえりなさい!
![]()
(はやぶさが最後の力を振り絞って撮影した地球(c)JAXA)
![]()
(大気圏に突入し「火球:巨大流れ星」となるはやぶさ・(c)JAXA)
■追記
小惑星イトカワのサンプルが入っていると期待されるカプセルも無事見つかったようです。
おめでとう!
「はやぶさ」大気圏突入/カプセルも発見日本時間6月13日19時51分に「はやぶさ」は無事カプセルを分離し、日本時間6月13日22時51分頃には大気圏に突入しました。
2003年5月9日にM-Vロケットで打ち上げられてから約7年間、イトカワに着陸し、サンプル採取作業を行い、再び地球に帰還するという難事業を、幾多の困難を乗り越え成し遂げることができました。
また大気圏に再突入した「はやぶさ」カプセルについて、ヘリコプターにより捜索した結果、日本時間6月13日23時56分にWPA内の予定区域内においてカプセル本体を目視により発見しました。
なお、カプセルの回収作業は、日本時間6月14日午後に行う予定です。
メモリアルデー:日系戦没者を追悼―エバグリーン墓地で諸団体が式典
メモリアルデーの5月31日、第2次世界大戦と朝鮮戦争、ベトナム戦争で戦死した日系兵士が多く眠るボイルハイツのエバグリーン墓地の各所で日系諸団体による追悼式典が催された。
今年で61回目の二世退役軍人協会主催の追悼式典は、第442連隊のイタリア戦線で手榴弾に覆いかぶさって自ら犠牲になり仲間の命を救ったサダオ・ムネモリ上等兵を記念して建立された殉国碑前で行われた。
遺族や戦友、友人、日系諸団体の代表ら約200人が参列。各代表が壇上であいさつし、日系兵士の功績を称え英霊を慰めた。日系20団体の代表が1人ずつ献花。日系名誉戦没者の名が読み上げられ、海兵隊員が礼砲、ラッパ吹奏で弔った。
日系二世兵で編制した第100大隊、442連隊の退役軍人の多くが今年も元気な姿を見せた。同隊は米戦史の中で最も勇敢に戦ったうちの1つであると高い評価を得ている。
毎年の式典参加を欠かしたことのない元442連隊歩兵ヒロ・ニシクボさん(89)は、22歳で徴兵された。17週間の戦闘訓練の後、1944年にフランスへ送られ前線で戦った。ドイツ軍との交戦で「戦闘毎に多くの仲間を失った」と、激戦を振り返りながら、「戦死者のみならず、国家のために戦ったすべての兵士がヒーローであり名誉戦士となるべき」と述べた。この日は、4人の亡き戦友の墓前で冥福を祈っていた。
南加日系婦人会(柴洋子会長)は、同会が1937年建設した戦没者慰霊塔を囲み式典を催し、日系の各会や各地区からの代表ら約40人が列をなし焼香を上げた。司式を執行した禅宗寺のルメー大岳総監は、「日系社会のために犠牲となった先祖を今一度思い起こし感謝してほしい」と諭した。
柴会長によると、慰霊塔は婦人会が呼びかけ日系社会の協力を得て完成させた。除幕式での「感涙にむせぶ…」という記録が残されており、排日という逆境下で社会を着実に築き上げた先人の思いの深さが伝わってくる。53年には天皇陛下が皇太子時代に墓参した際に、月桂樹2本を植樹された。
柴会長は、「先人たちはすばらしい『武士道の魂』を持っていたと思う。果敢に戦った」と称え、「活躍と功績を思うと、胸が打たれる。社会のために献身してくれた」と哀悼の意を表した。
(Rafu Simpo 2010年6月2日)
アメリカにおける日系人社会は、第二次世界大戦によって、それまでに築き上げられてきた地盤が根底から覆されてしまいました。特に僧侶や教師は厳しく収容所に監禁され、寺院や学校は強制的に閉鎖させされてしまいます。
収容を免れた一般の日系人はアメリカに忠誠を誓うことで排日感情を少しでも和らげ、名誉を回復する努力を試みます。実際、戦後のアメリカ社会における日系人の地位を飛躍的に向上させることが出来たのは、日系二世部隊の忠誠心によるものが大きいといえましょう。
慰霊法要の導師をつとめられた北アメリカ国際布教総監・ルメー大岳老師の「日系社会のために犠牲となった先祖を今一度思い起こし感謝してほしい」という言葉は、日本にいる私たちにも心にとめておくことが大切だと思います。
なお、今月9日(水)午後2時過ぎより大本山總持寺において SOTO禅インターナショナル主催による講演会 が予定されており、ルメー大岳総監にお話をいただきます。講演に先立ちまして、国際布教関連物故者法要が営まれます。
1998年に徒弟研修に随行して記事中にあるエバグリーンの墓地へ訪問したことがあります。
エバグリーン墓地はイーストロサンゼルスの西に隣接する墓地です。一面芝生が植えられており、整然と平板の墓石が並び、その墓地の中心に戦没者慰霊塔が建立されています。